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うらない (JUGEMレビュー »)
銀色 夏生
銀色さんとの対談。エイジ君とのセッションも。
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他者都合による身動きできない状況を乗り切るには………

今現在の

 

人付き合い

環境

 

から身動きが取れないという時もあるにはあります。

 

よくあるパターンは自分都合でない付き合いや環境です。

 

パートナーの仕事の都合、転勤で引っ越したがどうもその場所が合わない。

子供のPTAやママ友との付き合いが難しい…

 

これを一生懸命何とかしようとして、悩んでしまう方は多くいらっしゃいます。

 

が!自分都合でないのですから

 

『ま、合わなくてしょうがないか〜』

 

くらいに思えると楽です。

 

真面目で一生懸命がモットーであれば

『置かれた場所で咲く!』(動けないから、この場合はしょうがない)

をテーマに、その中でも自己発揮していくといいでしょう。

 

が、自分都合でないということを逆手にとり???

『目立たずひっそりやり過ごそう〜』

もいいでしょう。

 

そもそも

 

 合わないな!

 

っていう付き合いや環境なのですから、目立って咲く、輝くことも難しいでしょう。

見事咲いたり、輝いたら………むしろ面倒な目に遭ってしまう!ということもなくはありません。

 

その環境での歓迎しない形での有名人?浮いた人?なってしまったり………

『あなたにお任せしますね!』と何かを押し付けられてしまったり………

 

これがスポーツのようなアウェイ戦では、いくらアウェイでも頑張らなければなりせん。結果出さなければ勝負ごとなので意味がないってことで仕方ないですが………

 

人生は戦いではありませんので、アウェイならアウェイなりのやり方っていうのがあります。

 

不器用で悩み多い方というのは…

 

  アウェイに気づかず、いつものように頑張る。頑張りでなんとかしようとする。

  アウェイだとわかっても、頑張りでなんとかしようとする。認められようとする。

 

そんな傾向にあります。コントロールが強くて、コントロールやめられないとも言います(汗)

 

自分で選んだ環境でなければ、ホームでなくてアウェイ気味というのはよくあります。

 

ただ、自分で選んだ環境であるにもかかわらず……例えば………

 

自分で選んだ仕事なのに……アウェイ

自分で選んだ付き合いなのに……アウェイ

自分で選んだ場所なのに……アウェイ

 

な感じであれば、何もそこで頑張る必要はなく、ホームと感じるような付き合いや環境を選んだらどうでしょう?ってことです。

 

チャレンジであえてアウェイな環境に置く

 

と決めているのであれば問題ないですが、そうでないなら、検討する必要があるってことです。

 

そして、元に戻りますが、自分で選んだ環境でないなら(家族都合など)頑張るか頑張らないかはどちらでもよくて、乗り切りやすい関わり方をしていくのがいいでしょう〜

| ことわり 因果 | 23:58 | - | - | pookmark |
置かれた場所で咲く を勘違いすると命を無駄にする!?

置かれた場所で咲く

 

というのを否定してるわけではありません。

 

どんな人と関わっていても、どんな環境にいてもベストを尽くす、自分の持ち味や個性を生かし花が咲くように頑張ることは大切です。

 

そうしていれば、

 

 その場所で輝ける

 自然と (といっても人を介していたり)チャンスがやってくる

 

といったことも起こってくる可能性も高いでしょう。

 

が!もしも自分自身が身動きが取れて、もっと自分に合っていたり、評価されたり、自分にとっていい環境が選べるならば、今いる場所だけにこだわる必要もありません。

 

今いる場所だけにこだわるのは、まるで不得意な科目で受験しようとしている人と同じです。

得意な科目で勝負すればいいし、得意な科目の配点が高い学校を受ければ受かる確率は上がります。

わざわざ点が取りにくいもので戦う必要はありません。

科目を変えればいいだけです。

 

時間がたっぷりあって、趣味的に受験しているのであれば不得意なものをカバーしている暇もありますが、通常そんな暇はないです。

 

しかし、受験では不得意科目を選ばない人でも、

 

『人生では不得意なものをカバーしなくては』

 

と考える方が多いです。大人になればなるほどそういう傾向があります。

 

『普通のことができるようにならないと…』

 

的な考えです。

 

まあ、寿命が長いと保証されていれば、普通のこともやる時間もあるかもしれませんが、寿命は保証されてないですし(汗)

 

置かれた場所で咲く、っていうのは美しく感じる(美徳)かもしれませんが、意外と命を無駄にしている側面もあったりします。

人間、手足ついてて移動できますから、そんな美しさ?美学にこだわらなくてもなぁ〜と感じる次第です。

 

ま、そもそも『置かれた場所で咲く』という言葉は

 

『いつでもどんな場所でもベストを尽くしてる人』

 

はあんまりピンとこない言葉です。

 

なぜなら当たり前だから(汗)ピンときちゃう場合は『自分はベストを尽くしていないのでは?』って心のどこかで感じている場合です。

 

『置かれた場所で咲けてない…ベスト尽くせてないなぁ〜』

と感じたからといって、本当にその場所に留まる必要はない!ってことです。

別に行くところがあるなら行く!という方がお花でない、人間らしいやり方です。

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
自分のせいにしすぎるのをやめて… 自分にあってる、という基準 

「何もしたくないけど、誰か何とかして〜!」

っていう駄々っ子状態が

 

本当の逃げ

 

ということを昨日の記事であげました。

 

自分で自分の責任を持たない状態でもあります。

 

いい意味での逃げ(本当の逃げに比べたら、逃げとは言わない。むしろ行動)ができなくて、その場で頑張りすぎてしまう場合に持っている考え方は以下のものがあります。

 

・うまくいかないのは自分の頑張りが足りないせいだ

・うまくいかないことを他の人や環境のせいにしてはいけない

・置かれた場所で咲くことが大切だ

 

自分のせいにしすぎ!!!

です(汗)

 

場所を移動する、他の分野を頑張るというだけで

『逃げではないか?』

と思っちゃうパターンです。

 

昔の日本の武将の負け方と同じで籠城しちゃう感じ(汗)

 

でも………占いや風水を用いる軍師のいた中国の武将ではどうだったかというと………

 

『運気が悪い時は逃げろ!』

『調子がいい時に取り返せ!』

 

とばかりに、逃げられるところまで逃げていきます(笑)

そして立て直してから一気に取り返しにかかるのです。

 

まあ、中国の武将ほどなりふり構わず逃げるわけにはいかないことも多いかと思いますが、こういった視点をもってみるのはいかがでしょう?

 

 自分に合っている人々といる

 自分にあった環境を選ぶ

 

先ほどの置かれた場所で咲く、という考えとは反対の考えです。

 

同じことで悩み苦しみ立ち止まってしまっている場合、この

 

 自分に合っている

 

という基準をなかなか持てないということが非常に多いです。

 

自分に似合う服を着るのと同じで、自分に合う人、環境を選ぶということです。

 

服が似合わないからといって、痩せたり、太ったり、はたまた高い靴履いたりする必要はありません。

服を変えちゃえばいいのと同じです。

 

置かれた場所で咲く!っていう考えは美しいかもしれませんが………

 

私たち人間は五体満足であれば、草花のように身動きができないわけではありません。

むしろ

 

どんな人々と関わろうと

どんな場所にいようと

 

自由です。

 

選べるんです。(もちろんビザや永住権取んなきゃとかそういうのはあるけど、それも選べてチャレンジもできる)

 

自分にあった人々と関われますし、自分にあった環境を選ぶこともできます。

 

籠城して兵糧攻めにあうんじゃなくて(汗)ぜひ自分から動くこともアリ!と考えてみてくださいね。

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
悩みに向き合っても前に進まないのであれば…より優先順位の高いものを持とう

昨日の続き〜

 

『なんでこんな風になっちゃったんだろう?』

っていうのは、本人の頭の中では、原因やら、誰が悪いやら、あれさえなければ、など考えているんです。

 

そうやってアレコレ考えている=立ち止まっててもいい!理由

 

にもなってしまいます。

 

立ち止まってもいい理由の中で最もポピュラーなのは

『自分は悪くない』

という考えです。

 

『自分でない誰かが悪いので、その人(人たち)がなんとかすべきだ!』

 

って考えちゃうんです。

 

誰かがやるべき!ってことは自分が何かしたり行動する必要がない!ってことです(汗)

 

しかし、これは自分自身をもっとも不幸にするパターンです。

 

なぜなら

 

他の人がなんとかする=他の人に責任がある=自分の責任ではない=自分にはどうにもできない

 

ということだからです。

 

自分でどうにもできないって本当に感じて、悲しみ事実を受け入れ、前に進むのであればいいのですが(辛いけど)

『あいつが悪い!』

『○○がなんとかすべき!』

っていう影に 自分でどうにもできない が隠れちゃうので、めちゃくちゃタチが悪いんです。

 

人を責めたり、その人のせいにしたりするわ、自分でなんとかしないわで………

子供の駄々っ子と同じなんです。

 

ちなみにスピリチュアルではこんな風に言うこともあります。

『お母さんのお腹の中に戻りたい願望』

それは叶いませんよね(汗)

 

じゃ、立ち止まるのをやめ、前に進むにはどうしたらいいのか?

 

考えや感じていることをやめるというのは、一番難しいです。できるのならとっくにやめてもいるはずですし(汗)

 

答えは

 

悩んでいること以外の、大切なこと、優先順位の高いことを見出し、目標にしていく

 

ということになります。

 

具体的には仕事でうまくいかなければプライベートのことを目標にすればいいですし、

人間関係や恋愛でうまくいかなければ、仕事のことを目標にすればいい

的なことです。

 

これを『ただの逃げ』という風に捉える向きもありますが、長い間向き合っても、考えてもどうにもこうにもなんであれば、逃げであろうが、そこから動くことが大切です。

 

逃げ=悪いこと と捉えられていますが

逃げる=動けている

 

ってことなんですよ〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
『周りの目が気になる』………気にしているのは自分自身で周りがどうかは無関係

「ずっと同じところにとどまっている感じで前に進めない…」

 

というご相談。

 

ホンネ(!)を読んでいくと………

 

『自分は悪くないのに………』

『あの人やあの人たちのほうが悪いのに………』

 

という気持ち、感情があって………

 

そういったフィルターを通して人々を見ていることがわかりました。

 

もしも100%自分が悪くなく、相手や周りが悪いのであれば

 

・法的措置に出る

・しかるべきところ(警察、上司、権限を持っている人、場合による)に訴える

 

ことをすれば、相手が悪い!ってことで結論が出ると思います。

そして、そのための証拠集めをする必要があるでしょう。

 

しかし、今回のご相談の場合は

 

・自分も悪い=やらかしたのは事実

・相手も悪い

・見守っている周りは、そりゃいろいろ反応はあるけれど…

 

な感じでした。

 

ご本人は周りの目を気にしているのですが………

 

事実周りがやらかしたご本人のことを白い目で見ていたとしても、それは周りの勝手、自由です。(ここわかんないと辛い)

 

ただ今回の場合は、証拠もないし、先ほど挙げた

『自分は悪くないんだけど…』

っていうフィルターごしに見ているので、より被害妄想的になってしまっています。

 

こういう場合の

【周りの目】

【噂の的にされている】

というのは、実際の周りの目や噂がどうこう、ではなく、ご本人がそれを意識している、感じているのいうのが実際の問題です。

 

いくら周りの目や噂やプレッシャーがすごくても、ものともしない、気にしない方もいらっしゃいます。これは本当に周りがざわついていても、言われている当人は全く意識してない!ってことです。

 

周りのせい、と感じることであっても、それは自分自身が感じていることなわけです。

 

事実はさておき、

自分自身が気にしている感覚である

周りの目、噂と感じているのは自分自身が持っているもの他ならない、と認識することが大切です。

(これは一般的には鏡の法則とも言います。単なる投影)

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
集中力の問題というよりも………慣れが問題

昨日から、ギリッギリまで予習(笑)

 

最終的には、メモも減っていき(内容的にもそうなんだけど)変に意識しなくてもいい感じになってきました。

 

本が最後まで読めない

拾い読み(関係あるとこ)しかできない

 

なんていう話や悩みをうかがうこともあります。

 

確かに集中力不足だったり気持ちに余裕がない…という本人的要因も考えられますが………(そんな集中力不足にはビタミンBらしい)

 

その本 に慣れていない

 

というのが理由だったりします。

 

本が最後まで読めない場合は、

その本(文体)に慣れることができずに途中で諦めてしまった………

 

という場合ですし、

 

拾い読みしかできないのは、先ほどの本が最後まで読めないということがよくあって

 

『自分は最初から最後まで本を読むのは難しい…時間もかかるし…』

 

と決めつけてしまって、では拾い読みしかないだろう!

 

とやってしまう場合です。

 

本を割と多く読んでいてもはじめの方は読みにくく感じることがあります。

特にはじめの方に

・この本で述べようとしていること 概略

・この本の歴史的背景

・諸説ある場合の注意点

などがまとまってある場合、かなり読みにくくなります。

 

要するに本文じゃないんです(汗)

もちろん全部を読むにあたって、押さえておいたほうがいいことを親切にはじめに書いていてくれているのですが、これを読み切る前に力尽きる、諦めるということがよくあります。

 

そんな場合は、そこは目を通す程度にして、本文から読むのもアリになります。

 

ただ単に、その著者、作者、文体に慣れていない場合は、最初は嚙み砕くようにゆっくり読んでいくと………

徐々にスピードが上がってきます。スピードが上がる=慣れた、ということです。

 

慣れる前に読むのをやめてしまうと、

『自分は最初から最後まで読めないんだ〜』

ってなってしまうというわけです。

 

本だけでなく、映画、舞台、音楽(特に家でDVDを見るなんて場合)など受動的ではあるんだけれども、中に入っていくのに能動的でないとできない分野のものは、

 

慣れ

 

が大切です。

 

苦手というか入っていけない分野というのは慣れが足りないことが殆どです。

 

慣れちゃうと楽しめるし、すぐに入っていけるようになるし、よっぽど気に入らないものであれば未練なくスパッと『これは好きじゃない』『あれ?必要じゃなかった』ってやめることもできます。

 

勉強や何かを覚えなければいけない場合(仕事上有利な資格、会社から取るように言われた資格)なども同様です。

慣れるまでが時間がかかります。

慣れてしまえば、最初にかかった時間よりもずっと短くすることができます。

 

三日坊主という言葉がありますが、これは慣れという観点から言えば、慣れる前にやめちゃう!ってことでもあります。

石の上にも三年という言葉は、慣れるまで三年くらいかかるでしょ?という解釈ともとれます。

 

何かに取り組み始めた時に、時間がかかってしまってとご自分を低く評価する方も多くいらっしゃいますが、

慣れてないだけ

って考えればいいんですよ〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
出会いに感謝しない→出会いがない お金に感謝しない→お金がない!

恋愛に事欠かない人にとってよくわからないのは

 

『出会いがない』ということ

 

です。

 

職場だろうが、道端だろうが、友人関係だろうが、趣味だろうがなんだろうが、出会いというのはどこにでも転がっているもの!と捉えています。

 

そういう方が積極的に出会いたい!という場合は合コンだろうが、ネットの出会いだろうがなんでも!利用します。

 

反対に

 

『出会いがない』

 

と言ったり信じているのに共通しているのは………

 

【運命の出会い以外、出会いではない】

 

と感じているということです。自分のお眼鏡に叶わなければ、それはイラん!無視!といった感じです。

 

出会いが多い、恵まれていると感じる人々は出会い自体にも感謝している傾向がありますし、ちょっとした出会いでも大切にしています。

出会いが少ない、恵まれないと感じる人々は出会いがあるのに後ろ足で砂をかけるようなことをしたり(出会いに文句)、ちょっとした出会いは大切にはしません。

 

でも、いつも出会いを大切にしていないのに、急に

「出会い!出会い!」

と言う時があります。

 

それは

『やばいこのままじゃ結婚できない』

『なんで自分だけ結婚していないんだ?』

などとパートナーを必要としはじめた時です。

 

もともと出会いを大切にしていなかったので、急に自分自身の力で出会うことも難しいです。

が、そういう場合でも『他の人が出会ってるんだから自分にだって出会いがあるはず』と都合よく考えたりします。

 

で、出会いを大切にしてこなかった人に限って………

合コン、紹介、お見合いなどにはめちゃくちゃ抵抗があるのです。

 

なんかロマンチックではない!と決めつけているんでしょうね〜。

出会いは何であっても出会いなんだから気にすることないんですけれどもね〜(汗)

 

ちなみに、出会い自体を大切にしておらずよく分からないから

 運命の人

っていうのを見出すことも難しいんです。

理想だけ高くて、ちょっとでも違うとダメ出ししちゃったりもするんです。

 

もともと出会いを大切にしてこなかった、恋愛や結婚の重要度が低かった、パートナーを必要としてこなかったわけですから………

急に出会いを大切にしたり、恋愛や結婚につながる重要度をあげたり、パートナーを必要とし大切にする………

っていうところからはじめるのがかなり大変なんです。

 

お金も同じですが………

 

お金の文句が多い人 足りないことを嘆く人 

のところにはお金さんたち(笑)はやってきません。お金に感謝していなくて、お金に困らされていると感じているからです。

 

お金をありがたがっている人 お金があることを喜ぶ人

のところにはお金さんたちはお友達を連れてやってきます。お金に感謝しいていて、お金のおかげでより幸せと感じているからです。

 

出会いが欲しかったら………出会いに関しての感謝があるといいねぇ〜、ってことです。

いつもの出会いを大切に!ってことも言えますよ〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
リアルな出会いは重要 でも必要性がなくなっているから…リアルでなくなる

本屋さんが合コンだとすれば、amazonはなんぞや?と考えると………

 

amazonはライトな婚活サイト〜出会い系、ということができます。

 

いきなり出会う前に、なんとなく相手のプロフィールを知ることができたり、コミュニケーションが取れたりもします。

が!出会う前のいろいろ と 出会ったあとのいろいろ が必ずしも同じでないところにガックリポイントがあります。

 

出会う=合コン!ということが好みでなくて、出会う前にいろいろ確かめたい!という場合がありますが、それは本でいうと、本屋に出かけるのは面倒で、お家にいながらにして、いい本当の出会いをしたい!というのと似てきます。

 

どういうわけだか………

 

運命の出会いを本屋でする

 

というのは抵抗がなくても

 

運命の出会いを合コンでする

 

というのは抵抗があるようです。

 

確かに、何の目的もなく本屋に行っても

 

『収穫なし』

『むしろイラナイ本買って散財した』

 

何てことはよくあります。

でも、別に凹んだりしませんし、本屋に行くことに抵抗が出るわけではありません。

 

しかし、合コンに行ったとして

 

『収穫なし』

『むしろ求めていない方と面倒に………』

 

ってなっちゃうと、本の出会いと違って凹んでしまうことが多いです。

 

本との出会いには期待しなくても、恋愛、結婚、パートナーとの出会いには期待してしまい、むしろがっかりが増す、ということがいえるのです。

 

本屋で裏切られたからといって、amazonでしか買わない!(いや、本屋が遠方であればそういう可能性はありうるけど)って場合は少ないですが………

 

合コンで裏切られた!となると………

じゃあもっとマッチする出会いを求めよう〜、会ってガックリするくらいだったら、会う前からいろいろわかってた方がいいよね!

って場合は割とあります。

 

そもそも期待が大きいからガックリくるのであって

『出会える時もあれば、出会えない時もあるよね』

くらいだと出会う!というチャンスを消したりはしません。

 

今まで私の得意分野の本の話をしていますが、それが

 

お洋服

音楽(CD、昔はレコード。今は配信か、汗)

コスメ

学びたいこと(昔ならカルチャーセンターのパンフかケイコとマナブ?)

お仕事(ヘッドハンティング、正社員、バイト、日雇い問わず)

 

だっととしても同様です。

 

ネットを使った出会いを利用することも多いでしょう。

が、最終的には、ネットを通して出会っても

 

実際に出会った時

 

が重要になります。

 

サイズが合わない、色味が違う、などであれば返品することもあるでしょう。最近は返品可(条件がある場合もありますが)も全く問題ないものも増えています。

 

いくら

amazon や その他サイトがあなたに合っているであろうものを色々オススメしてきてくれたとしても………

 

リアルに出会って嫌ならそれまで!!!

 

ってことになります。

 

ちなみに、本や音楽が売れなくなったと言われて随分経ちますが………

 

本屋さんやCDショップがなくなったから=出会いの場所がない

 

ということだけが問題なのではなく、

 

究極的には

 

みんながみんな、本や音楽が必要だと思っていない

 

ということに起因しているでしょう。

 

すなわちそれは………

 

みんながみんな、恋愛や結婚が重要だと思っていない

 

ということと同様です(汗)

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
ジャッジする自分をジャッジするという罠 ゆる〜くいこう(笑)

そうか!ジャッジが少なければうまくいくのか!

 

ってことで、ジャッジをしないぞ!って思っても、なかなかうまくできません。

 

人間は元々弱い動物だったので、危険を察知するのが上手です。

危険を察知するには今までの経験から………ジャッジする!

っていうのが当然のことなのです。

 

なので、ジャッジをなくすぞ!って思っても元々ついてる機能なので、いきなりなくすことはできないんです。

 

リアクションと同じ流れになるのですが、まずジャッジしてることに気づく!

ってことが大切です。

 

リアクションにしても、ジャッジにしても無意識にしちゃうものなんです。

無意識にしちゃってることに気づくことが大切です。

気づいた瞬間、無意識ではなくなった!ってことでもあります。

 

で、ジャッジ探し?気づき初心者にありがち(たまにこのブログでも取り上げてます〜)な罠をお伝えしますね〜

 

【ジャッジしている自分に気づき、その自分をジャッジする】

【ジャッジしている自分をジャッジ】

【ジャッジをジャッジ】

 

上記全部同じことですが、ちょっとだけ表現をかえてみました〜(笑)

 

ジャッジをやめようとしているのに、ジャッジしてる自分をジャッジしてしまうということをしちゃうんです。

 

ジャッジした自分をジャッジ、責めてるんです(汗)

 

この段階でクセになっちゃう場合って多いんですけど、こうなっちゃうくらいだったら、ジャッジなくそう!なんて思わないで、ふっつ〜〜〜にジャッジしてる方がマシじゃありません?どっちみちジャッジしてるから(苦笑)

 

ジャッジした自分をジャッジすると、単に矛先が自分を責める(ジャッジ)に向かうだけなんで(汗)

 

『あ!ジャッジしちゃった!』

 

って気づいたら

 

『ジャッジのない見方って、こう? 』

『(完璧なのはないけど)事実ってこうかな?』

『ジャッジしてなかったらこういう見方になるのか!』

『こんな説もアリか!』

 

ってジャッジから離れた、ニュートラル方向で軽〜く捉え直すといいでしょう。

 

ゆる〜く、出来事だけを見るようにしてみるってことです。

 

ジャッジって 

決めつけ!裁き! なので。

ジャッジと逆の、ゆるさ、軽さ、ただ出来事を出来事として捉えると、シンプルになります。

 

そういう姿勢は、自分自身をジャッジ、裁きの姿勢から自由にもしてくれるので、ゆるくて楽なんです。

 

ジャッジしちゃった自分に気づいても、ゆるく、やさしく、楽にいればいいんです。

 

ジャッジしちゃう方っていうのはよっぽどの悪人、悪い方の自己中でない限り、人も責め、自分も責め、人にも自分にも厳しい!っていうことなんですよ〜。

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
ジャッジが多い=悩み多し! ジャッジ少ない=自由〜

完全に!ってわけにはいかないけど、

 

出来事 と 自分の感じ方、解釈

 

をある程度分けることができないと、無意識な反応祭り、リアクション祭りになり、

結果レスポンスができず、自分の望む結果や方向に行くことが難しい、変化したくても難しいという話を昨日あげました。

 

自分の感じ方や解釈どっぷりで物事を判断してしまうことを、スプリチュアル系では

 

ジャッジ

 

と呼びます。

 

ニュートラルでない判断、裁いちゃってる姿勢が入ってます。

 

ジャッジがなければ、昨日の記事の例のように、無愛想な友人Bさんがいても直接本人に

 

「きょういつもと違うように(私にとっては)感じるけどどうしたの?」

 

聞くこともできますし、その場にいるCさんに

 

「なんかきょうBちゃん様子がおかしいけどどうしたの?何か知ってる?」

 

って聞くこともできます。

 

そうすると、ただ単にBさんの調子がよくないことがわかります。

 

が!ジャッジが入っちゃってることで、

 

『やだ!Bさん私のこと嫌いなのかしら………ひどい!』

 

ってなっちゃうと、Bさんに直接聞くこともできず、Cさんに尋ねるのも憚られます。

そして、そんなジャッジしてしまったことを考えているAさん自体の態度はいつもと違った風になります。

 

ジャッジをしてしまったことで誤解が生じますし、気まずいことにもなります。

 

ただ、ジャッジした本人っていうのはそもそも出来事自体と自分の解釈(ジャッジ)を区別できないわけですから、自分自身のへんてこりんな態度には全く意識ができないんです。

 

あなたの周りにもいませんか?

 

『○○さんがどうこう………』

『××さんがね………』

 

と周りの人を気にしすぎ、愚痴ったりして………

 

自分自身の態度や被害者意識に気づかない方(汗)

自分自身のジャッジ、憶測、妄想に振り回されて、疑心暗鬼になっちゃっておかしくなっちゃってる方(汗)

 

もしも自分自身がそうだったら………やっぱり出来事自体と解釈は切り離しましょ〜

ジャッジしちゃってるところがあることに気づきましょ〜

 

ちなみにジャッジを調べてたら………

 

judgeの語源はラテン語judex,judicis jus=法 dicus=〜を言うところの dicere=言うだそうです。judex自体は裁く人っていう意味。

ついでに、裁くを類語辞典で調べたら、裁判関係ばっかり出てきたので、ちと見方を変えて偏見で調べたら………面白い単語を発見!

 

僻目(ひがめ)

 

で、今度これを広辞苑で調べたら

間違えて見ること。見あやまり。見そこない。 かたよった見方。偏見。

など。

 

ジャッジしちゃう場合、間違えて見てしまっている、見あやまっている可能性があるにもかかわらず、それを

真実

絶対

リアル

に思ったり感じたりしちゃうってことです。

 

正確にいうと、ジャッジしたのが、偏見、僻目で見誤ってることが多いよ!ってことです。

 

いろいろジャッジしてしまい自分の思い込みや見あやまりを現実だと思って生きてたら………

そりゃいろいろうまくいきませんよね(汗)

 

そして、人のこととどうこう言う人は自分の見方に間違いない!って思ってるんですけれど、その人に聞いたわけでもないんだったら………わかるわけないんですよね。本人に聞いてもよく分からない場合あるし。極端な話本人(自分自身)でもわからないことってありますからね〜。

憶測、妄想としてゴシップ的にやってるのであれば、まあしょうがない(いい趣味とは言えないかもだけど………人間これ大好きよね、汗)かもですけれど、マジにやったら、人生うまくいかないこと間違いなしっす(汗)

 

反対にいうと、ジャッジなければ、悩むこともほとんどないし、人生うまくいく!ってことになります。

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