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銀色 夏生
銀色さんとの対談。エイジ君とのセッションも。
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お勤めの場合の仕事の理想と現実について

お仕事の理想と現実で長い間悩んでいるとのご相談。

 

ここではよく触れていますが、仕事で大切なのは

 

『本当に求められている役割』

 

です。

 

「私は仕事ができるのに、どういうわけだか契約更新してもらえない」

「仕事以外の仕事が多すぎて、嫌になる」

 

そんなお話を伺うことも多いですが、仕事以外の仕事をやる役割=それも仕事、というのもあります。

 

昔で言えば新人のOLさん。男女平等とは言っても、そうじゃない職場だって沢山あります(汗)

事務仕事よりもお茶汲みや周りに気遣うことを求められる役割だったりします。

商社だと単純に社員の花嫁候補ってことも(汗)

 

古すぎてどうしようもないですが、そういうのが現実にある!ってことです。

 

組織についての理想を語る方は多いですが、組織を作ったり、仕組みを作ることが自分の役割ではないけれど、そこばかり気になってしまう方というものいらっしゃいます。

 

そういう場合は、究極的にはフリーランスになるか起業するか?ってところも考慮に入れる必要があるかもしれません。

 

『いやいや、フリーとか起業とか考えたことありませんし、無理です!』

 

って場合は、組織全体のことや仕組みのことで悩んでも仕方なかったりします。

 

もちろん、組織からそういう改革の役割を任された!仕事として依頼された!って場合は別ですけれども、そうでなければ、余計なお世話というか、本来求められている役割以外のことをやろうとしていたり、本来の役割と関係ないところで悩んでしまっているということです。

 

割り切れるといいのですが、なかなか割り切れない方も多いですね(汗)

 

これ言っちゃうと身も蓋もないですけれども………

 

 別に仕事のために生きてるわけじゃないんだからそんなに自分の役割と関係ないところで悩んでも………

 自分自身が変えられる部分(プライベート、自分の目標など)に取り組んだ方がいいっすよ〜!

 

って感じです(汗)

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
好きや興味を仕事に!の鍵 休みの日でも………しちゃうこと

職種は違っても、お話をうかがって、

 

「やっぱりそうなっちゃいますよね!わかります〜!」

 

となることがあります。

 

今日は朝一で週一のトレーニングに行きました。トレーナーさんは昨日休みだったのだけれど………

 

・視察?偵察も兼ねて某チェーン店(どの店でも利用出来る)を見に行った

・3店舗

・実際にトレーニングをしながらマシンチェック!

・そこそこ遠いのだけれど、すべて歩いて回った

・締めはステーキ!

 

すべて筋肉?………いやいやトレーナーにつながることをやっています(笑)

 

好きなことや興味のある分野

または仕事に没頭、邁進

 

の仕事をしている人たちは、休みの日=な〜んにもしない、休む!っていうわけではなく、

 

休みの日こそもっとできる!

新しいこと試してみよう!

もっと興味のあるところを追求しよう!

 

ってなります(笑)

 

私であれば休みの日こそ………

 

占いやリーディングを受ける

分厚い本(占い、精神世界にはそういうの多い)をがっつり集中し読み切る!

本読みながら感想や気づきをまとめる

普段使ったことのないカード(タロットに限らず)で占ってみる

新たに知った呼吸法や瞑想を試す

 

などやるわけです。

 

もちろん休みが全くなければどこかで時間作ってやるしかないですが、休みだから、自由に、やりたいように、時間など気にせずやれちゃう!わけです。

 

好きを仕事に!って考えてはいる………でもそれは今の興味のない仕事をやるよりはいいかな?ってだけであって

 

『休みの日は休みたい!』

『休みの日のその好きや興味のあるものに取り組んでいない』

 

ということであれば、ちょっと考え直したほうがいいかも? または 休みの日でもやっちゃうこと! を手掛かりにもう一度好きなことや興味の対象を洗い出すことをおすすめします。

 

○○バカ!っていい方しますが、それでいったら私は占いやスピリチュアルバカなわけです(笑)ついでに哲学やら言語やらも好きだから大変!休みの日に辞書が散らかってることも多いし(笑)ただ語学は休みの時だけやればいい!ってわけじゃないので、最近は毎日ですけれどね。

 

休みの日、自由な時だからこそやってしまうこと!

 

これは仕事や天職に限らず、人生楽しくやっていく上でとっても大切なことなので、ぜひ

 

『私は休みの日に何してるっけ?』

『休みがあったらしたいことってなんだっけ?』

 

など観察してみることをおすすめします〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
きちんと仕事してるのに認められないのはなぜ? 役割からみると…

「私はそこそこ仕事ができる方なのに、契約が長続きしない」

「もっと仕事ができない人がいるのに、自分の方が風当たりが強くて意味がわからない…」

 

といったお話をうかがうことがあります。

 

この場合、役割の問題で引っかかっていることがほとんどです。

 

結論を言えば………

 

・そこそこじゃなくて超!仕事ができれば、場所にもよるけれども仕事に困らない

・そこそこ仕事ができる、のであれば、それ以外に必要とされている役割の方が重視される職場もある

・あなたが、あの人の方が仕事ができないのに…と思っている人の方がその職場で必要とされる役割を満たしていることがある

 

最初にあげた悩みを言いかえると………

 

『自分はちゃんと仕事してるのにどうして思ったような評価がもらえないのか?』

 

ってことですが、あなたが思っている仕事と、その場で求められている仕事にズレがあるのでは?

ってことです。

その人は、その人なりに自分の役割=仕事をしている!と思い込んでいますが、周りはそれを本人ほどありがたいと思っていない、そこまで評価できない、ということになります。

 

ものすごく仕事がハードな職場であれば、仕事を早くこなすことが役割として求められますが、まったりした職場であれば、人との和を保てたり、その場のムードをよくするような役割を求められます。

 

ハードな職場なのに愛嬌を振りまいていたり

まったりした職場なのに一人頑張っている!

 

となると、本人が思っているほど評価されなくなります。

 

評価されないので、本人がいい!と思っていることをもっともっと頑張ると………

 

もっともっと求められているものからは離れていくので、契約更新されなかったり、望まない異動をさせられたり、ひどいと肩たたき、リストラにあったりもします。

 

誰も悪いわけじゃないのに、そんなことも起こりえます。

ただ 役割 がわからないばかりに(汗)

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
仕事ができる! を役割からみると………ちょっと違ってみえるかも?

同じ職種でも、立場が違えば役割が違う!ということはよくあります。

 

お勤めと自分でやる(フリーランス、自営、起業)では、仕事内容が同じ!でも、仕事の範囲が全く違ってきます。

 

お勤めの方が仕事に没頭しやすい環境、システムが整っています。会社側が整えてくれているのです。

オフィス、人員だけでなく、自分の担当以外のもの、人事、経理、営業、広告、福利厚生などは会社側が用意してくれているものです。

 

しかし自分でやるとなれば、自分の仕事だけやってればいいわけではなくて、お勤めの時は用意されていた環境、システムも自分が担う必要があります。

 

同じ職種、仕事なのに役割が全く変わってくるのです。

 

お勤めの時と同じように、周りにやってもらうのであれば、それを周りに頼む(仕事として)必要が出てくるのです。

 

独立した!からといってぜ〜〜〜んぶ自分でやらなければいけないわけではないですが、周りに任せるにしても、その委託を自分で構築しなければいけません。

 

ものすご〜〜〜く会社で仕事ができるから独立した!!!!

でもうまくいかない〜〜〜〜(涙)

 

って場合は、この会社が担ってくれていた環境、システム、役割のことをすっかり忘れていて、独立してから気づく!ってことなんです。

 

『自分はいい仕事してるから、自分の仕事だけ考えていればいいんだ!』

 

って場合は、小さい範囲の仕事だけやっていればなんとかなると思い込んでいて、会社がやってくれていたような仕事が大切だ!ということがまだわかっていないと言えます(汗)

 

どれだけ向いてる!仕事をしていても、お勤めか、独立か?はたまた人を雇ったりするのか?という立場、形によってその人に求められている役割は変わってきます。

 

お勤めでも、独立してもどちらでもうまくやっていける人というのは、その辺の役割意識もよ〜くわかっている!と言えます。

 

仕事ができる=専門的なことを極めていてよくできる!

 

と考えてしまうかもしれませんが、ただ自分の仕事さえしてればいい!っていうよりも、先ほど挙げたお勤めであろうが、独立しようが自分の求められている役割を理解してこなせる、というのが もっと仕事ができる! と言うこともできるんですよ〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
せっかくなりたいものになれても………そのなりたいものの理想と現実

『理想に燃えて○○になれた!でも………理想と現実は違ったし………どうしよう?』

 

といったご相談を受けることがまあまああります。

 

これはご本人の向き不向きというよりは、そもそも○○の本質や理想とは違う部分や現場(現実)を把握していないということでよく起こる問題です。

 

私自身の経験から、学校=動物園の檻の中、刑務所 みたいな表現をしてる時ありますよね(笑)

 

普通学校に抱くイメージは

 

・教育の場

・和を学ぶ

・先生の言うことを聞く

 

ということですが、私のイメージは、何するかわからない動物(生徒。自分もその一人、笑)たちと一緒に詰め込まれたり、理不尽なことを言ってくる看守(先生、笑)が幅を利かせ、大して意味ないこと(いわゆる履修科目)をやらされ、ご飯は美味しくなくて、長時間の拘束!ということなんですけれど(汗)

 

私のイメージは悪すぎですけれども、どんな物事にも いい面 と 悪い面 (関わる人の人生観にもよる)があるわけです。

 

何も学校を刑務所!って思う必要はないですけれども、刑務所的な部分があるかも???

 

ってわかっていれば、理想にただ燃えて教師になる!ってだけではなくて………

 

・囚人との関わりに似た?生徒との関わり

・刑務所より面倒?な親との関わり

・上司や同僚、組織内での関わり

・長時間勤務

・相手と合わなくても、顔突き合せる

・役に立つかわからないようなこと(そう生徒からツッコまれることも、汗)を教える

 

という側面も何とな〜くわかって教師になるので、現場に行ってもそんなにショックは受けないはずです(苦笑)

 

ちょっと極端な例をあげましたけれども、理想だけで何かになろう!とするとなれた!としても様々な問題にぶち当たります。

 

教師になるのに、刑務所的な適性もいるかもよ?

 

ってことです(汗、教師の方、刑務所の方ゴメンネ)

 

刑務所的な適性がない場合は、続けることが難しいですし、最近よくある教師のウツ問題も出てきてしまいます。刑務所的適性ありすぎて、どこかの国の刑務所的暴君みたいになる教師もいますが(苦笑)

 

その職業、役割の本質を知らずになると、理想と現実のギャップに必ずぶち当たり、ものすご〜〜〜く長い間悩むこともあるよ!という件で、本日もそういうご相談を受けました。

 

本日の方の場合は、その理想じゃない部分と、ご本人の適性がズレてしまっていたので、他にもっといいものをお勧めしたのと、もし同じ職種に就く場合でも、条件付きのものをお勧めしました。

 

先ほど挙げた教師のいい面にフォーカスしている場合は一般的な学校教育ではなく、理想、理念に基づいた教育や、民間の教育法に携わった方がいいよ!ってことになります。

塾や予備校の先生のすごい人というのは、教えることに長けていても、刑務所的な側面に向いていない場合もよくあります(苦笑)カリスマ性、スター性がある方も多いので、組織がちょっと………というのも。

 

なりたいもののいい部分や理想だけでなく、裏の部分もわかっておくと(なる前は難しくて、なってからわかる場合が多いのが残念ですが)いい!ってことになります。

 

某刑事ドラマ(古いよ)の「事件は会議室で起こってるんじゃない!現場で起こっているんだ!」もそう言った理想と現実のギャップだったり、役割(えらい?偉くない?)の葛藤だったりもします。

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
諸悪の根源?と思える原因を責めずに………受け入れる、認める

○○さえやめられれば

=意思や気合でやめられると思っている

 

○○さえなければ

=いつかなくなると思っている

 

自分の意思、力、気合でなんとかできる!という思い込み自体(エゴレベルの思い込み)が問題なのであって、○○自体があることが問題ではない………

 

というお話を昨日あげました。

 

その○○が自分でやっているあまり望ましくない習慣だとすると………いつも○○をしている自分を批判しています。

○○してても、一瞬?短い間はいい気分でも、○○しちゃう自分に対して批判的でもあります。

 

○○が自分のせいでなかったとしても…………○○に対していつも嫌な思いをしているので、自分自身もいい気分ではありません。

 

前者の○○をしているのが自分が起因している場合は、矛盾が生じます。

本当にいつでも自分の意思や力、気合でやめられる!コントロールできるのであれば、

何も、自分自身を批判したり、○○しちゃう自分に対して落ち込んだりもする必要はないんです。

だっていつでもやめられるんですよ?

なんだかんだ言ってやめられない自分がいるから、自分を批判したり落ち込んだりするわけです。

 

○○をいつでもやめられる!自分の意思でコントロールできる!!!っていうのが真実ではないんです。

やめようと思ってもやめられない…自分の意思とは違う方向にいく………というのが真実なんです。

 

どこかでそれを知ってるから………まあいつでも変な気分なわけです。

 

後者の○○が周りに起因するものであっても、本当にそれが原因!と思っているのはその人自身であって、○○がその人を邪魔するために存在しているわけでもなんでもありません。そもそも○○が自分に起因しているものでないのであれば、自分の力でどうにもできないことが殆どです。どうにもならないことを言い訳?にしていても仕方ありません。

 

そして、前者のことを考慮に入れると…………自分の意思でなんとかなりそう?なことであってもコントロールできないわけですから、自分の意思も何も関係ない後者のパターンではさらにどうにもならないことがわかります(汗)

 

○○がやめられれば………

○○さえなければ………

 

これって言い訳?○○のせいにしちゃってる、エゴのよくある言い訳パターンなのです(汗)

なので、エゴを理解している、包み込んでいる人は少しは思っても、ずっとは○○がさぁ〜とは言わないです。解決に向かって取り組んでいってしまって、○○がどうでもよくもなってきます。○○のせいでもなかった!ということもわかります。

 

TVみすぎてるからでも、酒飲みすぎてるからでも、仕事が多すぎるからでもない………

 

ってことです。

 

○○的なことをしてしまったり、○○的なことが起こってくるときに、大切な考え方、感じ方があります。

 

どうせ(笑)○○しちゃう、○○が降りかかってくるのであれば、そのことで自分や周りを批判してより気分悪くするのをやめよう!ってことです。

 

○○している自分を悪いと思いながらするのではなく、○○しちゃう、○○がやめられない自分を認めてあげるということです。

 

「TV見ちゃう………まあ、TV好きだもんね〜」

「仕事多すぎてストレス溜まりまくりだけど………みんなも大変だもんね〜。仕事選んだの自分だしね〜。いいのあればそっちいけばいいか〜」

「酒は百薬の長!だし〜」

 

「ちょっと!これこそ言い訳じゃないの?」

と感じるかもしれません。

 

が、どうせやめられない、○○しちゃう、おこっちゃうのであれば、やめられない自分や、環境を責めるのではなくて、まずそういう現実があるというのを受け入れるという姿勢が大切です。

 

現実問題、やめられない、起こってしまうものを、やめられたり、起こらなくなると思い込み続け、結局何も変わらないことのほうが最終的にダメージが大きいです。物事が望む方向にいかず、失望することが多いです。いつかは何とかなる!と思っていて、何とかならない、何も変化がないというほうが、途方にくれるからです。

 

どうせやめられない、かえられないことを変えられる!と思い込むのはやめて………

やめられない、かえらない自分や環境にオッケーを出す!

ということです。

 

自分が原因であれ、周りが原因であれ(原因と思い込んでるだけだけど)そうなっちゃうものをそのまま受け入れる、現実を受け入れる、という認識が健全です。事実誤認をしていないので、ニュートラルなものの見方となります。

 

明日に続く〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
○○さえなければうまくいく!というエゴの思い込み自体が、一番の障害

 

「無駄な時間をなくして、もっと効率よく時間を使いたい!」

「仕事でのストレスがなければ、やりたいことできるのに」

ということで………

 

「どうしたら○○(ムダな時間)をやめられますか?」

「いつになったら今の仕事がもうちょっと楽になりますか?」

 

といったご質問をいただくことがあります。

 

もちろん、どうしたらもっとよく自分が変われたり、もっといい環境や状況があるのか?

ということをみてもいきますが………

 

これは、ムダな時間を使うのが問題なのでも、仕事でのストレスが問題なのではなくて、

 

【○○さえなければ、もっと自分は変われる、うまくいくのに】

 

という思い込みが問題なのです。

 

ムダな時間を「ついテレビをみてしまう(うちの母がよく言ってる、笑)」ことだとします。私の場合だったら「酒さえ飲まなければ…………」かもしれませんが(笑)

 

その問題?障害となっている○○をなんとかできるということが前提、ということが間違っています(汗)

 

【○○は無くならないから、自分は変われないし、うまくいかない】

 

というだけでなく………

 

【もしも○○がなくなったとしても、変われないし、うまくいかない】

 

というのが本質です。

 

身も蓋もないけれど(汗)

 

先ほどの例をあげれば、すでにTVに費やすことが習慣となっているのだけれども、本人的には

 

『自分の意思でいつでもやめられる』

 

と思い込んでいます。エゴレベルの思い込みです。

 

なんだけれども、そもそも習慣となっている=意思の力だけでなんとかできるわけではない、ということに気づいていないんです。

 

もしも本当に自分が望ましいと思っていない習慣をやめたい場合………

 

「意思だけでやめられるなら、とっくにやめている」

「やめられないのは、どこかでやめる気がない」

「意思を行使しただけじゃやめられないよね〜」

 

くらいのことをわかっていれば、やめられる可能性、変われる可能性はあります。

 

が!!!意思の力でなんとかなる!って思っている場合は、まずやめられない、変わらないということです。

 

やめていない=なんらか(ストレス解消や気休めや気晴らし)の役になっているから続けている

やっている=それがエゴレベルで無駄だろうが何だろうが、意味があること

 

なんです(汗)

 

もしも意思の力だけでなんとかなるなら………

 

全員お金持ち!

全員望みを叶えてる!

全員ダイエットに成功!

 

ってことになります。

 

引き寄せや現実化と似てますね(汗)

思っただけではどうにもならないし、そもそも思っただけでどうにかなる!って思ってること自体が………

はい!!!ダメ〜〜〜〜〜!ってことです。

 

どうしても習慣を変えたい、変化したい、うまくいきたい!というのがあるのであれば、頭のレベルだけでなんとかなる!って思ったくらいでは、全然変わらないんだ!!!ってことを身体の芯までわかってる必要があります。

 

エゴレベルの思い込み、やればできる!、意思の力でなんとかなる!っていうのを捨てることが一番重要なんですよ〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
周りの環境、人々のせいにしない=流れに乗る

昨日の記事で、

 

自分は一切悪くなかったとしても、何か違う??と感じるのであれば、仕切り直したりやり直した方が 流れに乗る ってことではかなっているんですよ〜

 

というのをあげました。

 

理由はものすご〜〜〜くシンプルです。

 

引っ越したら近所にとんでもない住民がいた!

 

という例を昨日あげましたが………

 

「自分が悪くない、その近所の変な奴が悪いんだ!」

 

と思っていて、実際誰から見ても(その変な奴以外は、汗)その引っ越した人には責任が全くないとします。

 

でも、いつもいつもその近所の変な人のせいで悩まされ………

 

『あいつさえいなければ………!』

 

と思っていると…………

 

その引っ越した方は、変な奴のせいで幸せになれない!ってことになります。

 

『誰かのせいで幸せになれない………』

 

その方は全く悪くなくても、この考え方自体、こう感じてしまうこと自体が幸せじゃないんです。

 

よくあるパターンは

 

「自分はこんな親(豊かでない、恵まれていない、毒親)のところに生まれるべきじゃなかった………」

 

というものです。

 

明らかに親が悪くて、本人が悪くなかったとしても………

 

いつまでたっても親のせいなのであれば、そう言った感じ方、考え方自体がその人自身を不幸にしている、と言えます。

 

どういった問題であっても、自分のせいじゃなくて周りや人のせいがきっかけだったとしても………

ず〜〜〜っと周りや人のせいにしてると、その環境や人々があなたを不幸にしてるんじゃなくて、自分の感じ方、考え方が自分を不幸で惨めな存在にしてしまってるんですよ〜〜〜

ってことです。

 

流れにうまく乗ってる人、どんどん望みを叶えていく人っていうのは、環境や周囲の人のせいで自分のことがうまくいかなかったとしても………

ずっとその環境や人のせいにし続ける、ってことはしないんです。

 

自分でその環境から離れたり、そういった人々と別れを告げ、望む環境や望む人々と関わっていく、ということをしているだけなんです。

 

人や環境のせいに思えるようなことがあったら、自分の力でできることはなんとかしていきます。自分だけの力でどうにもならないのであれば助けてくれる人の力も借りる、ということをしていくんですよ〜

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
流れに乗る=臨機応変さ、受け入れ能力、いい意味でのいい加減

『意を決してやってみたのだけれども思うような、望む結果が出なかった………』

 

と肩を落としてしまって、なんだか身動き取れなくなってしまうということがあります。

 

多くの物事をうまくいかせ、それこそ流れに乗っている人の場合………

 

「ちょっと望むものと違うから軌道修正しよう!」

「軌道修正は難しそうだから、やり直そう!」

「もう一回チャレンジ!」

 

と割と臨機応変?いい加減?と思えるようなことを考えたりやったりします。

 

ちょっとうまくいかないからといって諦めたり、頑固になったり、意固地になったりせず、次の手を打ちます。

 

『こんな時もあるよね〜』

 

と未練なく先に進んでいきます。

 

が、その変化や行動にものすご〜〜〜く期待していたり、

 

『これさえすれば大丈夫!』

『自分行動したんだからいい結果出るよね!』

 

なんて考えていた場合………なかなか『はい次!』というわけにはいかず、軌道修正ややり直しがきかなくなってしまうパターンもよくあります。

 

想定外のことに出くわしてしまって、どうにもならなくなるというパターンです。

(ちなみにうまくいく人、流れに乗ってる人というのも想定の範囲内か、何かあってもすぐに受け入れる力が強いです)

 

例えば…………

 

・引っ越してはみたものの、思ったより良くなかった

・転職してみたものの、面接で聞いた話とは違った。社風の違いで馴染めない。

・一緒に住んだり、パートナーシップを結んでみたが、どうにも合わない?幸せより苦労が多い。

・買ってみたけど、宣伝文句と違った。

・買ってみたけど、自分と合わなかった。

 

もちろん、下調べや覚悟が足りなくて、自分のせいでそうなってしまう、

『なんか違うんだよな〜』

という自分が原因のこともあります。この場合は何度も同じことを繰り返しやすいですが………

 

自分に全く非がない!

 

そんな場合だと、なかなか起こったこと、合わない感じ、違う感じを受け入れることができません。

 

もうちょっと具体的な例を挙げると………

 

・引っ越した先に騒音おばさん?騒音近所住民?ちょっと???な方がいた。

 うちは悪くないんだけれども………

 

極端だけれどもこれが一番わかりやすい例(汗)

 

スピリチュアル的な流れに乗る!っていう考えだと………

何もそこで頑張らずに、他をあたる。他に助けを求める(現実も目に見えないものも)ということが最適です。

 

流れに乗ってみたのに………

流れに乗ったつもりなのに………

 

行き止まりだったり、何かに引っかかってしまったら、もっと流れのいい方に行けばいいんです。

 

自分が一切悪くなくても、自分が動いちゃった方が早いんです。

 

自分が動かずに、そこで戦ったり、妥協したり、悪戦苦闘したりすることで………

もっと望まない状況に陥ることもあります。

 

理由は別の記事であげますが(ちゃんと理由はありますよ〜)、自分が一切悪くなくても、正しくても…………

何か変だな?

違うな?

って思ったら、臨機応変に対応したり、仕切り直しした方がいい!というのが結論です。

 

 

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
幼少期 環境と云々より、本人がどう受け止めたか?ということ。

目の前の問題を解決するのも大切なんですけれども、先日あげたコアピクチャーのような

 

核心の問題

 

というのがあります。

 

人間関係で問題を抱えているのであれば、今抱えているのが目の前の問題なのですが、

核心は家族関係や幼い頃から経験してきた人間関係になります。

 

幼少期に体験してきたことが、人間関係の基本となります。

 

とはいえ、これは完璧な家庭がいい、お父さんとお母さん両方いるのがいい、とかいう形の問題ではなく、

 

幼少期の体験をご本人がどう受け取って消化してきたか?

 

という問題になります。

 

一般的には恵まれていない、という幼少期を過ごしても、それはご本人にとってはそんなに問題にならず、気にしていない、ということもありますし………

一般的には恵まれている、という幼少期を過ごしたとしても、ご本人にとっては不満だらけで、未だ消化不良、ってこともあるんです.

 

環境が影響を与えるのは確かですが、環境自体に良い悪いがあるのではなく、

 

本人がその中でどういう解釈をして、どう乗り越えていった(乗り越えられていない)か?が重要になります。

 

今日のセッションで、そう言った問題に触れ、乗り越えるのは難しくはあるけれども、乗り越えられないわけではない。

そして、それが自分にどう影響を与えているのか?がなんとなくでもわかれば、それを糧にして、もっと自分の望むものを叶えていける、ということが改めてわかりました。

 

幼少期=物心がついていないし、自分ではどうにもできない時

に体験したものなので、ものすごくデリケートで心がチクチクすることでもありますけれども、やっぱり重要だなぁ〜とより感じました。

| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
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