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うらない
うらない (JUGEMレビュー »)
銀色 夏生
銀色さんとの対談。エイジ君とのセッションも。
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楽器や車が身体の一部のように動く 身体意識の才能
楽しみにしていたライブへ。どんな分野でもなにかが上手な方というのは、それがまるで身体の一部のようになっています。

自転車、車の運転
スマホやPCを使う
楽器を演奏する
高度な所?で言えばジャグリングをしたり
変わり種で言えばタロットも…

どれも自分の一部のように操ることができます。

とはいえ、どんな方でもはじめからそうだった!というわけではないです。天才をのぞいては〜
身体の一部くらいになるまでくりかえしくりかえし取り組んでいっています。

そして人によって、身体の一部にするのに得手不得手、やり方というのがあります。

なかなか思うように動かせないけれども繰り返しやることで身体が覚えるのが得意なタイプ
みただけでできちゃうけれども、身体に覚えさせるのにあまり興味がないタイプ
まず頭でイメージできないと身体を動かすことすら難しいタイプ

勉強と同じで、得意なやり方、学び方があるんです。
根性!とにかく練習!習うより慣れよ!
みたいな根性論では身体にしみこまない、覚えさせることができないタイプというのも存在します。

ちなみに私はある程度イメージできないとどうにもこうにもなタイプ。
身体が勝手に覚えるタイプでは残念ながらありません。

身体意識自体が何かを真似たりコピーすることが上手な人、というのは身体意識でのそういう才能に恵まれているといえます。

スピリチュアルまめ知識的に言うと、別の転生である楽器が得意だったからといって、今世も得意とは限らないのです。
身体を使った作業というのは身体意識の才能に依存します。得意な人とそうでない人がいるのです。
もともと身体が柔らかいとかそうでない…というのと同じような感じなのです。
身体が柔らかい=身体を上手に動かせる…というわけでもないですし、身体がかたい=身体を上手に動かせない…というわけでもありません。

ヨガなどでは身体がかたい人の方が、しっかりと身体を意識できるので、より上手になったりもします。もともと身体が柔らかい人はポーズ色々とれちゃうので即効飽きてしまったり、よさがわからない…ということもよくあります。

きょうライブをみていて気持ちよかったのは、身体が自在に動いて、ギターが身体の一部になっちゃってるなぁ〜すごいなぁ〜、ってことでした。気持ちよく演奏している方をみるとみているこっちまで気持ちよくなりました。自分が弾けなくても(笑)
| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
概念を知っているスプレッドを使う。概念を知らなければいつものスプレッドで。
タロットでみられるのはここ3ヶ月くらいのこと…
そうやってよく言われる&本にも書いてありますが、まあ適当にやると3ヶ月だよ!ってことです。

もうちょっと意識が拡大していたり、他の概念がある人がタロットを使うと…
ものすごく先の未来だろうが(そういやセッションでも10年後までの…とかみたことある。ただ正直それって意味あるかどうかは???と個人的に思う…今現在からしか未来を変えられないので…)
過去世だろうが
霊的影響だろうが
チャクラだろうが
故人の伝えたいことだろうが…
リーダー次第で何でもみることができます。

天気のことをよくしらない人であれば、天気予報をするのに空を観察することを中心にやるでしょう。
が、詳しければ気圧の変化をはかったり、風向きをはかったり、天気予報図を自分で解釈したりして予測をたてることができます。

○○を知りたければ××がいいね〜

というのを知っていれば、その枠組みをつかって調べることができるのです。

きょうのタロット講座では、今の自分がどうなっているのだろう?というのをチャクラを中心にみていくスプレッドを使いました。
チャクラをオーラからよみとったり直接読んだりすることができればいいのですが、チャクラ変かも?なんて感じている時には自分で自分のエネルギーをみることは至難の業です。タロットをつかって読むこともできるのです。

これって第2チャクラ(感情)の問題かね〜…なんて言っていたことが、カードで示されたものは第1チャクラ(生存)の問題だったり、新しいエネルギーが上手に受け取れていない…第7チャクラが閉じ気味だね〜…なんてわかったりも。

一応、何冊かのタロット本にチャクラのリーディングは載っていますが、スプレッドを紹介!的な感じでのっていて、チャクラへの洞察が甘い!ものもあるもの多いです。同様にカバラの生命の木を使ったものでも『別にこれ生命の木使わなくても…』的な感じも多かったり。

よくわからないけれども、タロットのスプレッドを増やしたい?から載せてる感じなんだよなぁ〜(苦笑)

オーラやチャクラに洞察が深くて、ヒーリングも普段からやっていて得意な人はチャクラのスプレッドを使えばいいと思います。
同様に
カバラに洞察が深くて(オーラソーマしっかりやってる方は親しみがありますよね)様々なことを常日頃生命の木の枠組みを使って考えたり体験している人は生命の木のスプレッドを使えばいいと思います。

タロットには色々なスプレッド(展開法)がありますが、実はそんなに多くを知らなくてもいいのです。質問の仕方を工夫しそれに合ったスプレッドが使えればだいたいの答えや情報を得ることができます。

過去現在未来 または テーマアドバイスゴール の3枚
ヘキサグラムスプレッド または ケルト十字
ホロスコープスプレッド(総合&月ごと)
くらいができれば十分だったりします。私はパートナーシップや人間関係みるときは他の変わったのも使いますが、基本的には上記で十分です。

スプレッドをいっぱい勉強する!というよりも、
『どういう質問をしたら答えに近づけるのか?』
『その質問に適したスプレッドは何なのか?』
こちらの方が重要になります。

スプレッド自体をしっていてもさきほどのようにチャクラ、カバラ、前世…それら自体の概念がわからないと、カードを並べてはみたけれど…なんだかうまく読めない、解釈できない、意味がバラバラでわからない…ということになりやすいです。

スプレッドをそんなに浮気することなく、自分の得意なもので知りたいことにたどりつくにはどういう質問をしようか…の方が読みやすい、解釈しやすい、答えにたどりつくことができるのです。
| タロット | 23:59 | - | - | pookmark |
言語や象徴の文化的背景を理解することでの本物の学び
正確には昨日の話。大阪でのセッションが終わり、慌てて(お弁当も新幹線で食べた〜)東京へ。なぜなら英語の特別講座があるから〜!

先生のお話は映像では体験していたのですが、お会いして授業を受けるのははじめて!
今日のトピックは(他の日程もありましたが、合宿や仕事でいけず〜)単語がどういう風に出来上がっているのか?ということと、その言語での常識や文化的背景を知る!の二つ。

単語のできあがり方は一つの言語だけをやっていてもハテナ?という感じですが、様々な言語に触れると「これとこれ同じじゃ〜ん!」というものが沢山みつかります。私が学んだ(喋れないけれども〜辞書さえあれば読めますよ、笑)ものだと、ドイツ語、ラテン語、英語、古代ギリシャ語、イタリア語(得意順にしてみた)中からも共通点はなんとなくみつけることはできていました。が、みつけただけであって体系化して理解しているわけではありません。

授業をうけると…体系化して教えてくださっただけでなく、日本語との共通点もしっかりと教えてもらえました。日本語はつい別物…と考えてしまっていますが、どこの言語にもある共通性や言葉の出来上がり方、意味、音をたった90分の中で教えてもらえました。いままでの疑問がすっかりなくなっていく…目からうろこが落ちまくり!!!

また少ない言葉でどれだけ英語で表現できるか?というオグデンのベーシック英語についても。賛否はあるそうですが、これを学ぶと単語をあまり知らなくても、きちんと英語で自分の言いたいことが表現できるとのこと。今調べたらこの方哲学者でもあるそうですね〜。本読みたくなってしまった(笑)

2つめの授業のレアリア…これ私得意分野のようです(笑)英語ではしっかりやっていませんが、職業柄避けて通れない分野なのです。その言葉を使う文化圏でしか通用しない言い回しや象徴というのがあります。

日本でお正月に鷹や富士山やなすびの夢をみたとしましょう〜、そしたらそれはおめでたいことですよね。しかし他の文化圏では通用しないでしょう。中国、韓国、日本で桃をみれば若さや不老不死の象徴です。桃太郎の話はおじいさんとおばあさんが桃を食べて………生まれた、という話がもとにはあるくらいです(笑)

縦が長くて横が短い十字架はキリストの象徴、縦横が同じで円がまわりにあればケルト十字。卍を逆にするとナチス…。

言語にもそれ独自の言い回しや表現があります。英語ですと聖書からきている言い回しは多いです。しかしそれらを知らなければ、いくら英語を勉強したり喋れたりしたとしても???となってしまうのです。

先生が「これがわかった人は相当勉強してるね〜」という問題。果たして合っているかどうかわからないけれども答えてみたら…なんと正解でした!英語勉強しててうれしい!!!なんてことは今までそんなになかったのもあって、ほんっとに嬉しかった〜!

その後、英語まあまあできる人にきいてまわっていますが、まだ正解者はいません。なぜだかうちの母はその出来事は答えられなかったけど、象徴はきちっと答えられていたのがびっくりしましたが…まあ母はタロット勉強一切してなくても「これってこうなんじゃないの?」とみただけでわかる人ですからねぇ(苦笑)象徴を感じる力が強いのです。

特別講義とのことでこれからやる英語の講義よりはマニアック!とのことでしたが、ほんっと〜に色々なことを知って理解して実践している先生に習えるなんて〜………しあわせです(笑)
| シンボル、象徴 | 23:59 | - | - | pookmark |
大阪セッション2日目 プロだったら…とことんやるのが当たり前
大阪セッション2日目で最終日。セッションでは『プロ』に関するお話がメインでした。

もしも私が………
「う〜ん、もうちょっと占いの○○やスピリチュアルの○○に関して理解できたらリーディングがもっと上手になると思うのだけれどもなぁ…
○○や○○習ったほうがいいのかなぁ…?
………でも習ったところで結果がどうか出るかわからないからなぁ〜お金や時間を無駄にしても何だしなぁ〜意味あるのかなぁ………?」

なんて言っていたらどう思いますか???

上記のようなことは私は言わないですし、どちらかというと○○自体でなくても
『お!リーディングに役立ちそう〜』
『○○に悩んでいる方の気持ちがわかりそう〜』
『○○に関して巷ではどう教えているのかな?』
と一見リーディングに関係ないところでも習いにいってしまいます(汗)
習う所までいかないものであっても、本はきちっと読んで、課題を解決します。

プロなのに、プロである技術や学びを磨かない人…これってプロ失格とまでは言わないまでも、プロというよりはアマ!で趣味でやっていればいいのにねぇ〜という感じなのです。プロとして対価をいただいているのであれば、学ぶのは当然なわけです。

既にプロとして活動していても、労力をかけるかどうかでのご相談をいただく場合があります。そういう場合は容赦なく
「プロだったら、労力かけるの当たり前!でしょ?」
と言ってしまいます。労力だけではなく、自分なりの課題をみつけて磨いていったら?とも。

プロなのに労力に見合った結果がほしい!っていう人は、プロとしては足りないのです…
結果がどうであれ、追求していけばいいのです。

かといって、プロ=全部やれや!って話ではなくて(汗)もしも本人が十分吟味した上『これは別にいいか〜』と思ったことは取り組む必要がないのです。

しかし、『う〜ん、やった方がいいような気がする…』
『○○が足りない…ってクライアントに言われる』
と自問自答したり、いつまでもぐるぐる考えてしまうようであれば、やってみるにこしたことはないのです。

本当にプロ意識の高い方であればこう聞きます。
「○○をやろうと思っているのだけれど、AとBではどちらがいいでしょうか?」
「○○を学ぶことで××という課題をクリアできるでしょうか?」
○○をやることが前提になります。

プロとしてまだまだ?の方はこう聞きます。
「○○をやったら仕事増えますかねぇ?」
「○○やっとけばいい感じになりますよねぇ?」
「○○やらなくても、仕事大丈夫ですかねぇ?」
と。すすんでやっている姿勢が足りない…ともいえます。

すすんでその分野を学んでいるプロと、まあやらなくてもお客様にはバレなそうであればやらないプロ(プロと言っていいかどうか…)どちらの方にお仕事を依頼したいでしょうか???

「好きなことで食べていきたい!成功したい!」ということであれば、こういう観点は重要になります。好き=適当にやっていればいい!ってわけではなくて、好きだからこそ=とことんやる!というのが自然なのです。

その道のプロ、というのはプロに憧れてそうなったのではなく、取り組んでいる物事自体が好きすぎ&とことんやりすぎた結果がプロなのです。プロに憧れているだけが強い場合は、とことんやる!のではなく適当にやってプロでいられれば的な所が出てしまうのです。プロとして既にやっていても、そういう罠?信念に陥ってしまう方もいます。もしもそういう罠や信念に陥ってしまった場合は、ある程度はやっていけますが、一流にはなれずにそこそこやっていける的なところで成長が止まってしまうことになります。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
合宿最終日&大阪セッション1日目 運命を感じる、運命に関わる
合宿最終日。昨日の課題に取り組みながら、大事なポイントをおさらいしていきました。自分にとっての今後の課題が盛りだくさんできました(滝汗)もう…やるしかないなぁ〜…頑張ります…

合宿後解散して速攻大阪セッションに向かいましたが…解散時間が遅くなったため、15分遅れで開始させていただきました。遅くなってすみませんでした。やっぱり団体行動&バス移動だったのでもっと多めに時間をみておくべきでした。

セッションでは『運命』に関わるようなお話に触れさせていただきました。運命というと、運命の出会いとかめでたしめでたし!を想像してしまうかもしれませんが、当事者が運命!と感じたこと、わかったことというのは…いい意味でずっしりと重い、責任重大で身の引き締まる思いがするものだ…そんなことを改めて感じさせていただきました。

そして、自分にとって運命と感じなかったり、大切でないと感じることは、ほっといてもいい、ということも。自分が何とも思っていない、大切にできないことを維持していくのは予想以上に大変です。この考えを適用すると、たいして好きでもないし、大切でもない仕事や人間関係に取り組むということも難しいということです。かといって「好きなら何でも上手く行く!」っていうのも…違うんだな(汗)

好き!っていうのは感情や気持ちにあたることですが、これ自体がころころ変わるものであるわけです。あるとき好きだったものが好きじゃなくなることだってあるわけです…。好き!というのはきっかけになったり、ある程度まではモチベーションの高さを維持できますが、好き=永遠、というわけでは全く(!)ないのです。好きを超えた何か(愛とも言う)にたどり着いたときに永遠やずっと関わるということがわかってくるのです。

好き!っていうのを超えてしまっている、先ほどあげたように愛と呼んでもいい状態…それがある人はとても幸せだと思います。大変であっても幸せです。といっても、そういうのがみつけられないから不幸せ…という訳でもありません。それを探す幸せや好きになったり嫌いになったり、感情的に揺れる幸せというのもありますから。

運命的な何かに出会っていない!のであれば、出会わないことを不幸せの理由にするのではなく、出会えることを探したり見つける幸せを楽しむと…自ずと運命が開けていきます。いまある幸せ、状態を受け入れ、尊重し、大切にすると、自然と運命に出会う、ということです。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
天橋立へ パワースポットとお天気、時刻
午前は昨日支給された辞書を引き引きお勉強。その言い回しはその人が言いはじめたのか?!とか、そういう使い方するのか?とかそんな言葉知らなかった…などの驚きの連続でした。今回の旅では言葉についても学んでいるのですが、まだまだ知らない日本語多いし、勉強や感性がまだまだ足りてないのを痛感しました。

お昼すぎからは観光。これもただ観光するのではなく、それについての課題もあるので、いろいろ細かくみたり、写真撮れる所は(撮れない所も多かった…神社内とか)撮っておきました。とはいっても、その時感じたことの方が大切なので、しっかり味わうようにしていました。

訪れた箇所は、パワースポットとしても有名なのですが、パワースポット=行けばいい!ってわけでもありません。自分のエネルギーに合っていない所にわざわざでかけて調子を崩してしまったり、その時はいいのだけどあとでガクっとエネルギーが落ちてしまったりと、いい面ばかりでもないのです。

が、今日訪れた場所は歴史も古いせいか、陰陽の違いはあっても、誰が行ってもまあ大丈夫、大きくバランス崩すことは少なそうな感じでした。パワーはありつつもエネルギーが極端すぎないのです。

私はある神社?地域に行くと気分が落ち込みます。過去世云々…とかではなく、ただただ好きじゃないんです…暗くて!(笑)いちおうパワースポットとなっておりますが、私にとってはおどろおどろしいものの方をず〜〜っと感じるのです。あ、そういえば今日いった所と同じ府内ではあるけれど(苦笑)

パワースポットはお天気も関係してきます。陰の場所で雨が降ったらより陰の気が増します。陽の場所で晴れていれば、ものすごく陽のエネルギー!という風になるのです。もちろんお天気だけじゃなくて時間も関係あります。パワースポットとは違いますが、お引っ越しの物件選びも余裕があれば?決め手がほしければ、違う時間(日中、日没後)お天気(晴れ、雨)の時に行くと、色んなことがわかったり感じられたりするものです。

天橋立を展望台からながめたり、股からのぞいてみたり(笑)、松林をお散歩したり。片方が海の波、片方が湖(海とつながっているけど波だってはいない)というのも動と静、陽と陰を感じられました。日曜でしたが激混みでもないし、また訪れたい所になりました。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
サバイバル、漠然とした恐怖…は妄想 みんなサバイバルは超えている、のだけど…
本日から2泊3日でとある合宿に参加。京都で講義、ご飯、みんなでバスで宿へ移動とのこと。京都の講義は2つあるテーマのうちの一つについて。

以前から私がサバイバル超え云々、で色々考えていたことの答えや考察をもらえました。
『食べるために』
『生きる為に』
『みんなから認められなくなったらどうしよう…』
みたいな漠然とした恐怖、いや、妄想だから持っている必要はない!と思っているのですが、やっぱりそれってなくていいんだよなぁ〜、という答え。

ちなみに、サバイバルのための漠然とした恐怖…実際にあったことがある人の方が少ないわけです。だから妄想…って言っているのですが(汗)言葉でいうと簡単なのですが、なかなか体感、感覚の部分で理解ができるところにたどり着きにくいみたいです。ちなみに、魂意識と身体意識の統合具合が増せば、サバイバルを超えることができるだけ!なんですけれどもね…。それに特化したワークもやろうかなぁ…「サバイバルを超える」とか「サバイバルを気にしているのは妄想」とか。

最近流行っている引き寄せもそうですし、スピリチュアルなこと全般は…

サバイバルを超えていないと、完全に理解することができません

サバイバルのためにスピリチュアルな概念を使うとオケラになります

なのです。

そしていいニュースがここに…さきほど書いたように漠然とした恐怖=妄想なわけですから、だいたいの人(日本に住んでれば)はサバイバルは超えている!のです。

なのにサバイバルにいる!と思い込んでいるのでスピリチュアルな叡智も使えない…役に立たない…

ということになります。

ワーク後飲み会。今回はそんなに飲まなくても路線だと聞いていましたが、飲める人は飲んじゃえ!な流れになってました(笑)おかげさまでバスでぐっすり眠って宿へ到着…うん、思った通り…寒いぞ(笑)
| | 23:59 | - | - | pookmark |
子供の可能性を閉ざしてしまう…◯◯するなとは?
すこ〜し前にTVでみかけたのですが…
「勉強しなくてもいい!」
という親がいるという話題でした。これは親が自由にさせてくれる!という話ではなくて『子供は勉強したい、進学したい』と思っているのに、親の方が「勉強しなくていい!」「勉強しなくても生きていける!」と言い切ってしまって、子供が勉強したくても、勉強にかかるお金、学費、参考書、塾、進学、などの方向にお金を出してもくれないし、許してもくれない…という例です。

親の側が自分たちで使うお金でいっぱいいっぱいで子供に出してあげない…ということです。

「勉強しなさい!」といって無理矢理させようとする親はどうなのか?という話を少し前に書きましたが、「勉強しなくてもいい!」というのがいい…というわけではありません。

子供にたいして「何かをしろ!」というのと同様「何かをするな!」ということも子供が本来歩める道を閉ざしてしまうことになります。 何かをしろ!も、するな!も子供がやりたいことを応援するわけではないからです。

子供がやりたいことは応援してあげるのがいいですが、親の価値観から応援できないのは仕方ないかもしれませんが、邪魔してしまったら…子供の側は
『この世の中というのはやりたいことができないのだ』
『やりたいことをやるのは認めてもらえないのだ』
『やりたくないことをやらないと認めてもらえないのだ』
という刷り込みが入ってしまいます。

子供の取り組む方向性を勝手に決める「勉強しなさい!」も子供のやる気をそぎます。
子供がやりたいかもしれないのに「勉強しなくていい」というのは子供の可能性を閉ざしてしまいます。

やりたいことがない人は、上記のように無理矢理何かを押し付けられたり、やりたいことの機会を奪われてしまうことが多々あったのかもしれません。大人になって時間もお金も自由になり、誰にも文句を言われなくなっても…やりたいことがわからない人になってしまうのです。
| 日常の気付き | 23:59 | - | - | pookmark |
10月大阪セッションその2締め切りました
先日から受付開始させていただいておりました、
10月大阪セッションその2
ですがすべての枠にご予約いただきましたので、受付を締め切らせていただきました。

どうもありがとうございます。
もうすぐですが、お会いできるのを楽しみにしています!
| お知らせ | 10:45 | - | - | pookmark |
ああはなりたくないから…金持ちが嫌いだと金持ちになれない…先生が嫌いだと…
昔嫌いだった、苦手だったもけれども、必要に迫られたり、やっぱり興味があるので…ということで物事をはじめることがあります。

必要に迫られた…ということであれば、加圧からはじまり、現在はパーソナルトレーニング(主にストレッチ、筋トレ)を週1でしています。ほとんどサボらずに。きっかけは腰痛&やせたかったから…だったのですが、腰痛は治りました(!)が、代謝があがったのをいいことに、調子にのって食べ過ぎ&飲み過ぎ(お酒強くなった!)で、最初ものすごく痩せたのですが、いまはそうでもないけれども…(苦笑)

サボらずに続けられるのは、きちんとした説明がトレーナーさんからなされるからです。筋肉の仕組み、意識するポイント、呼吸法。一番重要ともいえるのはトレーナーさんはとても素敵なスタイル、特に脚が細い!のです。変な身体の使い方をしていないので、ものすごく締まっています。痩せてる=筋肉がない…とずっと勘違いしていた私にとっては衝撃的でした。あんなに体育も運動も嫌いだったのに、お金を払って通っております(苦笑)

きっと同様だけれども、理想の先生がみつからなかったから、ずっと真面目にやってこなかったことがあります…それは英語です。体育も英語もとにかくやりたくありませんでした。今にして思えば…先生が嫌いだったからです。尊敬できる先生に会った事がなかったのです。

しかし、大学に入ってからわかったことがあります。ドイツ語も、ラテン語も、ギリシャ語(古代)も…やってて楽しいのです。きちっと文法を教えてくれて、まともな説明があるので、楽しいのです!

その時やっと気づいたのです『あれ?先生嫌いだったからやらなかっただけでは…(苦笑)』

ああなりたくないなぁ〜、という人と同じことはやりたくないわけです(汗)

別の例を紹介しますと、お金持ちが嫌いな人はお金持ちになれません。なぜなら、嫌い=ああなりたくない人々、だからです。人間は結構単純(特に潜在意識の側。感情)なので、『あ〜なりたくない』と思ったら『そうはなれないし、ならない』のです。頭では『自分とあの人は違う!自分は○○は身につけても、ああはならないぞ!』っていうのは潜在意識レベルでいうと無理な話なのです。

私は体育や英語の先生達(たまたま私が出会った人々ですよ〜)のように
「根性!」
「頑張れ!」
「習うより慣れろ!」
っていう感じが大っ嫌いだったのです。ひねくれた子でしたから〜(苦笑)
『先生ならちゃんと説明しろや!それがお前の仕事だろう!』
とか
『なんでお前なんかに習わなきゃいけないんだよ!先生選べないなんて最低だ!』
『こっちは一応客(税金とはいえ)なんだから真面目にやれよ!』
『あ〜、尊敬する人からだけ学べたらいいのに!!!』
と超お客様目線のお子様だったのです(苦笑)

今は大人なので、その苦労が全くありません。むしろ『こうなりたい!』『この人すごい!!!』って人から学べるのです。夢が叶ったのです。学生時代地獄でしたが、今は天国です(笑)

で、やっと英語の理想の先生がみつかりました!私の理想は英語以外の言語もできて、文法、他の言語との派生の説明もできる方!だったのですが〜。ちゃんとついていけるか?ですが、ここでダメなら他でもダメだと思うので(苦笑)とってもわくわくしている状態です。

で、面白いのがこうなりたい!の人のまわりにはこうなりたい!の人々が沢山いらっしゃるんですよね〜。芋づる式に先生がみつかっていくのは、本当に有り難いです。
| 日常の気付き | 23:59 | - | - | pookmark |
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