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うらない
うらない (JUGEMレビュー »)
銀色 夏生
銀色さんとの対談。エイジ君とのセッションも。
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あまり思うようにいかないときに
 『そんなつもりじゃなかったのに!』
ということはほとんどないのですが、
『もうちょっとこうな感じがよかった
のになぁ〜』
と思うことはまだまだあります。

そういう時に自分の内側に入っていって
自分の別の側面、意見、感じていること
と対話をしてみます。ただ感じてみる
こともあります。

するとたいてい、
『だってめんどくさかったんだもん』
『だって私ばっかり○○するのやだもん』
『どうせそんなにやったって無駄でしょ』
などのフレーズや感覚が伝わってきます。

要するに、物事をやろう!こうしよう!
こうしたい!と思っている自分が多くの
部分を占めていても、『やりたくねぇよ』
という自分もいるわけです(笑)
たま〜に、赤ちゃんモードというか、
なんにもしなくてもなんかなってないかな
などという非現実的な、それこそ幻想の
なかにいることがあります。

もちろん、思考のエネルギーを使ったり、
自分の中の矛盾をクリアにして、素直に
生きることを心がけているので、なんにも
しなくてもなんかなっちゃった!という
出来事は多いのですが、やはり行動して
結果を出して……というときに満足した
結果がでない場合、または予想を超えない
場合(棚ぼただと予想を超えることも
ちょっしゅう、笑)には自分の内側に
やさぐれた自分や、幻想の中にひたって
ひきこもっている自分をみつけることが
ほとんどです。

そういう自分をみつけたら、無理に説得
したり、思考の力や論理の力に従わせる
のではなくて、「そうか、やりたくない
よね〜」「そうか、いろいろ嫌になって
しまってるよね〜」とただ認めてあげます。
時にはそんな自分の言い訳を自分できいて
あげます。そうすることで、自己矛盾
がとけてニュートラルな状態になって
いきます。
| 日常の気付き | 23:59 | - | - | pookmark |
そんなつもりじゃなかった!としても
 「そんなつもりはないのに同じミスや
過ちをしてしまって、本当に自分が嫌に
なる!」
というご相談もいただきます。

これに関してはこう考えるのが一番
効き目があります。

『それがたとえ無意識のレベルだった
としても何らかの理由でそういうミスや
結果を望んでいる自分がいる。変わりたい
と思っていても実は変わりたくない!と
感じている自分もいる』

という風に考えます。実のところ、
『そんなつもりはない』
というのは単なる結果にたいしての言い訳
をしているだけで自分の中のどこかは
『そういうつもり』だったのかもしれない
と考えるといろいろなことがわかって
きます。

『変化したい!どうしたらいいんだろう?』
と頭で考えていたり、口にもしていたり
したとしても
『なぜ自分が変化しなきゃならないわけ?
別に自分は間違ってないし、周りがもっと
変わったり自分のことわかってくれれば
いいんじゃない?』
と腹の底では思っていることは往々にして
あります。ほんとの所はそんな感じだと、
もしかしたらミスや過ちや人に迷惑をかける
ことで、自分のことをわかってもらおうと
したり許してもらおうとしているのかも
しれません。極端な場合は、自分を犠牲
にして結果が得られなかったとしても周り
に復讐しようとしている、というパターン
はよくあります。特に親子関係で見受け
られたりします。

簡単に言うと、『そんなつもりじゃなかっ
た!』としても自分が責任をとる、他の
もののせいにしない、ということで
『そんなつもりじゃなかった!』という
出来事が減っていきます。自分が自分と
しては普段意識していないもしかしたら
闇の自分?と向き合ういいチャンスに
なります。
| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
変化したいときの心の持ちよう
 セッションで、
「こういう自分は嫌だから、○○な方へ
変わりたい!」
とおっしゃる方は多いです。

ですが「残念ながらそういう場合は、
変わるのが難しいですよ」と言わざるを
得ないことがほとんどです。

今の自分が嫌いだったり気に入らない、
ということが動機となっていると、それ
とは反対のことに向かおうとしても、
今の自分へのジャッジ、批判、嫌悪感が
ぬけなくて、変わっていくことが難しい
のです。

また今の自分へのジャッジ、批判、嫌悪
をより強くしてしまって、より変化の
できない精神状態に追い込んでしまい、
変わろう!と思っているのよりももっと
停滞したり悩んでしまうこともあります。

もしも変わりたいのであれば、動機が
ネガティブなものでないかどうか確認
する必要があります。動機がネガティブ
現状への自己否定ではなく、ただ○○
になりたいなぁ〜、というだけの方が
変化へのプロセスを楽しんで、変化
することができます。

動機云々、というのを考慮するのが
難しければ、○○な方向、○○に変わる、
ということがより自分らしいことなのか
どうなのか?ということを考えてみて
ください。より自分らしい方向へ変化
して生き生きとしていけることであれば
変化は苦しいものではなく楽しいもの
になります。

しかし、あまりにも自分らしくない、
全くもってありえない変化というのを
望んでいて、変化できないことを自分に
責めてしまう場合が非常に多いのです。

変化を望む場合はそれがより自分らしく
そうありたい!という純粋な動機で
変化を楽しむことをおすすめします。
苦行のように、変化してるかどうなのか?
成長できているかどうなのか?という
姿勢は一番変化から遠ざかります。
自己否定や自己批判からはより変化
できず停滞するという結果をもたらす
のです。
| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
夢判断に、カラーの夢、とあるけれど
 夢判断の本や、昔買っていた占い関係
雑誌(ミスティ、エルフィン、ムーも、笑)
に書いてあって、いまだに不思議に思って
いる項目があります。

『カラーの夢』
といちいち書いてあるのです。こればかり
は私はチンプンカンプンなのです。カラー
の夢しかみたことがなくて、モノクロの
夢があるというのがわからないのです。

音声だけあって(要するに映像を編集?
再生?できるところまで覚えていない)
映像がみえないけれども、会話の内容は
覚えている、ということはたまにあります。

ですが、モノクロの夢というのは体験した
ことがないので全くわからないのです。
今私たちがみているTVやディスプレイが
カラーなのが当たり前ですが、夢も白黒の
まま……ということがあるのでしょうか?
それとも昔読んでいた雑誌や夢判断の本
だからそう書いてあるだけなのでしょう
か?

カラーの夢とモノクロの夢を見る人の比率
ってどんなものなのでしょうか?いつか
アンケートをとったり、会った方には質問
してみようと思います。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
夢解釈は生まれによって違う?
 いちおう、夢事典的なものを参考にして
夢の解釈をすることがありますが、それは
あくまでもアーキタイプ(元型)の確認に
とどめ、自分にとっての意味がどうなのか?
を検証するようにしています。

夢でなくても、最近道を歩いていて、
「いたっ!」
と腕に痛みが走ったので反射的に何かを
払ったら、てんとう虫だったり(手あてちゃ
ってごめんなさい、汗)、何かベランダの
ところにとまっているなぁ〜と思ってみたら
蝶々だったり、そういうときも夢事典や
アーキタイプのイメージは参考にしつつ、
自分にとっての意味を解釈します。

てんとう虫は西洋では幸運のシンボルと
しておなじみで、アクセサリーのモチーフ
にもよくなっています。マリア様の象徴や
お使いとしても有名です。てんとう虫の
サンバもきっと関係あるはず(笑)

日本人に馴染みがあまりない西洋のお守り
は馬蹄やウサギの脚(!)など。これら
のシンボルを夢や現実で頻繁にみかけたら
西洋にルーツがある人の方がより意味が
あるでしょう。

日本人にとって有名なのはヘビをみたら
お金がもうかるとか(夢でも現実でも)、
ヘビの脱皮した皮をお財布に入れておく
と金運があがるとかがあります(笑)

自分のルーツの文化をふまえて、他の
文化のことも考慮に入れたり参考に
したりして夢やシンボルを解釈すると
なかなか楽しいです。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
才能の磨ける人の考え方 子供に才能を伸ばしてもらうには?
 才能を磨けている人の考え方や取り組み
方をみてみましょう。

子供のときに(大人でもいいですよ〜)
河原に行って、石ころや流木を集めたり
して楽しかった思い出はないでしょうか?
石や流木のなかには、これってほんとに
自然が手がけたのかな?と思えてしまう
くらい美しかったり変わっていたりする
ものがあります。それをみつけるととても
ワクワクして、もっと他のものもみつけ
たくなります。

『この石を洗って、もっとピカピカにして
お家に持って帰って飾りたいなぁ〜』
『この木も持って帰って他のものと組み合
わせたりして飾ってみたいなぁ〜』
『この木は武器みたいだなぁ〜』
『この石をお守りにしたいなぁ〜』
などなど色々なアイデアが浮かんでそうして
みたくなって、そうします。

ここで重要なのは、
『なんだただの石じゃん』
『そんな木拾って何になるの?』
なんて思いもよらないということです。
ただただ石や木や様々なものをみつけた
ことで楽しいし、それをもっと大事にしよう
という発想があるだけです。

ただ自分がみつけたもの(人にみつけて
もらったものでもいいです)をいいなぁ〜
と思いそれを大切にするだけです。それを
もっと活かすことを考えます。ただそれが
好きなので。

こうしてひとつの才能(石や木)をみつけた
人はそれを大切にして活かすだけでなく
他の才能を磨く、大切にすることも楽しく
なります。また、他の人にある才能にも
気づき、どんな人にも才能があるのが
当たり前のことであることもわかります。

セッションでは「子供の才能をあらかじめ
知っておきたい」とのご質問を受けますが、
正直どの才能があるか?ということが重要
ではありません。誰にでもあるものなので。

例え話で書きましたが、実際に、子供が
石ころや木など大人からみて『何の意味が
あるのだろう?』ということをそのまま
やらせてあげる、好奇心をのばして、意味
があるなしでは考えないということが才能
を磨いてもらう上で大切になります。
大人の側がこのことをわかっていない場合
才能を伸ばすといいながら、子供をコント
ロールしてしまって、子供が何かを進んで
やる能力、すなわち才能を伸ばすことを
妨げることになります。親にコントロール
されてしまうと、大人になってその子供は
『なんだかわからないけど先延ばしにする
大人』になってしまうのです。
| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
自分には才能がない、と決めつけるのは?
 自分には才能がないから……と勝手に
自分のことをジャッジして、諦めてしま
っている……キツい言い方をすれば言い訳
にしてしまっている方もいらっしゃいます。

才能というのは誰にでもあるものですが、
よく言う例えで、宝石のようなもので、
磨かないと光りません。ただの石ころに
しかみえません。才能が自分にはないんだ、
と言い切ってしまわれる方は、どうやら
磨かなくてもあるのが才能、と思っている
らしいのです。

才能がある方(ほんとは全員あるけどわか
りやすくするためにここではある方、と
しておきます)はただ才能があるわけでは
なくて、人一倍磨くことに集中して日々を
送っています。また、才能を磨くことが
努力ではなくて、楽しくて仕方なかったり
場合によっては使命を持って取り組んで
いることがほとんどです。私には才能ない
から、と言っちゃえる人ほど暇はしてなく
て、いい意味で汗水たらして活動しています。

では、なぜ、才能を磨くことを諦めて
しまう人も多いのでしょうか?それは
はじめに出した例えのように才能は磨かな
ければ石ころだからです。その石ころは
石ころくらいにしか価値がない、という
意味ではなく、石ころとしか思えない
ほど当たり前のものである、という所が
気づかれにくいところなのです。

言い方を変えると自分では当たり前の
ようにできてしまって有り難くもなんとも
ないのが才能、ということです。

自分でみつけるのが難しいのが才能と
言えます。お互いに率直にお世辞抜きで
(お世辞はダメです、笑)相手が簡単に
できてしまうことを指摘すると、簡単に
才能をみつけることができます。ですが
きっと言われた方は、「そんなのは当たり
前で才能とはいわないけど…」という
反応をしめすと思います。でもそれくらい
当たり前でどうってことなくて自分には
すごいと思えないことが才能だったり
します。変に謙遜してしまうとその才能
を持っているのを知っていても、磨く
ことを忘れてしまいます。謙遜せずに、
『どうも自分はこれがイケてるらしい!』
くらいに思って少しだけ前向きに取り
組んでみることをおすすめします。

素直に取り組んでみると、以下のことが
おこります。
「当たり前ではあるけれど、もっとのばして
いきたい!」
「当たり前のことが他の人の役に立つなんて!」
と気がつきます。そして、どんどんその才能を
綺麗な宝石に磨き上げていくことが楽しく
なります。
| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
夢、イメージと遊ぶとビジョンがみえる
 本、絵、音楽、自然などに触れている
ときに、それそのものを感じることも
できますが、大抵は自分の中のイメージ
と、本、絵、音楽、自然そのものが
オーバーラップしています。

本に書いてある食べ物から匂いがして
きそう。
絵から音がきこえてくる。
音楽から色や光を感じる。
自然からみえなかったりきこえないはず
のものをみえたり感じたりする。

これは共感覚と過去のイメージがまざって
体験されています。目の前に広がっている
現実よりも、自分のイメージや感覚の方が
リアルに感じます。

いわゆるビジョンをみる、感じるという
のはたまたまそれが未来やまだ起こって
いないことに、イメージや感覚を感じる
ことができるということです。

普段から本を読んだり、絵に親しんだり、
音楽を楽しんだり、自然を感じたりして
いると、イメージや共感覚の世界で遊ぶ
ことが当たり前になっていきます。夢日記
をつけて、夢の中で体験したイメージを
自分なりに感じきったり解釈したりも
イメージで遊ぶことに入ります。そう
いう体験が多い人が、ふと自分の未来や
今の現実を超えたものを認識、感じた
ときに、ありありと目の前でビジョンが
展開されたり、すでに起こってしまった
かのように感じられるのです。

イメージは過去のイメージを意識せずと
も即座に体験するのと同様に、未来の
イメージも体験することができます。

自分にはビジョンなんてわからない…
と思っている人は、ビジョンを探したり
ビジョンをないことをあれこれ悩む前に
芸術や自然に触れて、イメージの世界で
遊ぶことを許すことからはじめてみる
ことをおすすめします。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
起きていても夢をみている
 夢は眠っているときのみにみるものと
思われていますが、実は起きている時も
ずっと夢をみています。

私たちが現実だ、リアルだ、と認識して
いるものでも、常に夢の中と同じで自分
の色眼鏡やイメージで解釈されています。
しかし、そのことは普段意識されません。
夢をみているときに夢をみていると気付
くのが少ないように、起きているときも
自分の夢、イメージが展開されている
ことに気付くことは少ないです。

わかりやすい体験をあげます。夕飯時
に外をあるいていると夕飯の支度を
している匂いがします。それがあなた
の子供の時につくってもらった肉じゃが
と匂いがとても似ています。好きだった
肉じゃがと似ている〜と気付くよりも
もっとまえに、子供の頃の思い出が
リアルによみがえってきます。そして
その記憶の中に浸り(現実の景色より
そちらの方がリアル)その頃にあった
様々な記憶もよみがえってきて懐かしい
気持ちになります。

匂いに反応して記憶がよみがえること
はよくあります。記憶といっても
視覚、聴覚、感覚などご本人にとって
つながりやすい五感やイメージがよみ
がえってきます。

夢見それ自体も楽しむことができますが、
これを読書や音楽で楽しむことができ
ます。読書や音楽を楽しんでいる方の
中にはそれ自体だけでなくて、記憶や
イメージの連想を楽しむことが好き!
という人もいます。本を読んでいたり、
音楽を聞いていたり、絵をみたりして
いるのですが、夢をみているような
体験をしているのです。
| | 23:59 | - | - | pookmark |
アファメーションがうまくいく人、いかない人
 昨日はポジティブシンキングの危険性
について書きましたが、スピリチュアル
系で流行りのアファメーションにも同様
のことが言えます。

自分が思ったこと、考えたこと、発言し
たことをそのまま素直に自分でも感じ
られて、その発言どおりに行動に移せる
人にとってはアファメーションはとても
有効です。常に自分を助け、自己イメージ
の高いアファメーションをすることで、
行動につながり、アファメーション通り
になっていきます。

しかし、普段から自分に嘘をついている
(たいていはそのことに気づいていない)
人にとってはアファメーションをしても、
自分自身がその宣言を信じられず、ただ
アファメーションを呪文のように唱えて
いるだけで、行動に移そうともしません。
どうも、アファメーションさえすれば
願いが叶う!と思っている人も多いので
す。

ちなみにそれが本当だとすれば、その人
は行動せずとも願いは叶うことを信じて
いるわけですから、今までも様々な願い
が叶っているはずです。しかし、その人
たちの本当に信じていることは、苦労し
ないと成果はあがらない、だったりする
のです。そこを認めたくなくて、どこか
に何もしなくても成果があがる方法が
あるのではないか?とアファメーション
をなにか願いが叶う呪文のように使うの
です。行動しないと、と思っているので
あればアファメーションを行動につなげ
るために使うことからはじめてみるのが
いいと思います。言えばなんとかなる!
なんてほんとは信じてないわけですから。
(この段落の意味がわかりづらい場合は
それをしてしまってるかもしれません、汗)

自分に嘘をついているのが習慣になって
いる人にとってはアファメーションを
すればするほど、現実の自分とのギャップ
をもっと感じるようになります。その
ギャップをバネにして、一気に行動する
こともできることもごく稀にはあります。
しかし、大抵はポジティブシンキング
と同じような使い方になってしまい、
ただ自分に嘘をつく、信じていないこと
を説得し続ける、という残念な関わり
方になってしまいます。

肝心なのは、自分に正直である、という
ことです。正直=何でも言う、という
ことではありません。正直さを他人への
武器として使う人が多いですが、そういう
人はその前にたいてい自分に嘘をついて
います。そんな嘘つきな自分(本人はそれ
に気づいていないが)でも認めて!!!
という時に、正直さを理由にわがままさ
を発揮します。
「正直に言ったのだからいいじゃないか」
「正直にやってるのにそれを許さない、
理解しないあなたはおかしいのでは?」
という形で他人を攻撃するのです。
| ことわり 因果 | 23:59 | - | - | pookmark |
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