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銀色 夏生
銀色さんとの対談。エイジ君とのセッションも。
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アバター、化身………人生のキャラは身体?

3ヶ月に1度の歯科。

ちゃんと歯磨きできてるかチェックしてもらう&歯磨きだけではできない歯石などをとってもらいます。

 

治療は終わっているので歯科衛生士さんのみ。

 

1ヶ月ほど前から歯ブラシを変えたせいか、表面が上手に磨けていなかったのがショック(汗)

 

身体って自分で動かせたりするのに、ぜんぜ〜んわかっちゃいないから…………

 

身体に魂?意識?が乗っかってるって実感します。

 

アバターとも言います。

 

avatar ヒンズー教、仏教からきているのでサンスクリット語のアヴァターラが語源。

 

化身、っていうのですけど、この日本語自体分かりづらい(笑)

 

広辞苑第6版によると………

 

1〔仏〕衆生済度のため神仏が形を変えて人間としてこの世に現れること。またそのもの。生れ変り。

2 神仏・異類・鬼畜などが人間の姿をとって現れたもの。また、歌舞伎で、これに扮する時の隈取。

 

だそうです(汗)

あれ?アバター=キャラクター的な意味合いがないぞ。7版には載っているのかな?

 

Oxford Wordpower Dictionary は簡潔で

 

1 (in Hinduism and Buddism) a god appearing in a physical form

2 a picture of a person or an animal that represents a particular user on computer screen

 

とあります。

 

通常、神が人の形となって現れている状態をアバター、化身と言います。

 

シヴァの化身であるババジが有名です。

シヴァは神ですけれど、ババジは人間?物理的形態、肉体を持っています。

シヴァのアバターがババジってことです。

 

分かりやすく言うと、ここの次元に神様が遊びに来たいのだけど、そのままでは肉体を持っていないのでフルに遊べません(笑)

なので、人間の身体とつながって、人間として(中身神だけど)現れる、ということです。

 

同じことなので、キャラをゲームやソーシャルメディアでは選んだり作ったりしますけど、そのキャラのことをアバターと言います。

 

で、スピリチュアル的に言うと(やっとたどり着いた、汗)

 

魂が神の部分であって、肉体はアバターである、ということです。

魂が人間の体に入って(って言っても魂のほうがでかい!ので入りきってはいない)人間として遊んでいる、ということです。

 

あなたがマリオ(古いけど、笑)をするとしましょう。

 

マリオはアバターであなた自身がマリオとは言えませんが………

熱中すればするほど、マリオがやられたりすると「イテッ!」とか言ってしまいます(笑)

マリオはキノコをとって大きくなったり、ファイアーボール投げたり、スターをとって無敵になったりしますが、あなた自身に何か変化があるわけではありません。ただゲームをしていて面白い!ってなっています。

 

と言っても、プレイヤーは死んだりしないし(マリオは死んじゃってゲームは終わる)変化はないはずですが、ゲームは上達しますし、ゲームの中の体験ですけれど興奮したり、極端な例だとその経験を人生で役立てることもできます。何回死んでも諦めない!なんていうことなど。

 

プレイヤー=マリオ

魂=肉体

 

と同じ風に考えられるのです。

 

いつも思うのは、本当に私自身が肉体であったなら、もっと色々わかってもいいはずです。

調子が悪くなればその理由をわかるのはもちろん、そもそも調子悪くなる前にわかってもいいし、健康でもその時の肉体的な情報………強みや弱み、体質だってわかってたっていいわけですから。

 

身体を動かすことはできるけど、意識は保っていられなくても心臓も動いているし、呼吸もしているし、いろいろ体はやっていてくれているわけです。

身体を自由にすることはある程度できても、全部コントロールしたり、わかっているわけではないです。

 

それってゲームのキャラと似てませんか?

ゲームのキャラをコントロールはできますけれど、どういうプログラミングでできているか?どうやって作られたか?なんてわからないわけです(笑)

 

ゲームのキャラと同じくらい、自分の身体のことをわかっていない、ってことも言えます。

 

そういう考察をしていくと身体自体が生き物なんだなぁと実感すると同時に、自分=身体でないのかもしれないということも浮かんでくるわけです。

 

自分=身体の部分はあっても100%でないのなら………

 

身体の面倒を意識的にみる必要がありますし、わからないことがあっても仕方ないわけです。

 

病気になったり、身体が思うようにいかないと、ブチ切れちゃう人もいらっしゃいますけれど、それって身体という生き物に対して厳しすぎるような気がします。むしろこちらが溜めてしまったストレスや、身体の扱いがわるいにもかかわらず、身体が引き受けてくれているんです。

 

そう考えると身体をもっといたわることができますし………

 

アバターという視点から見れば、この人生を楽しんだり純粋に体験していくことが私たちのやりたいことなのかな?ということにも気づくでしょう。

 

ゲームのアバターのマリオが画面の中で縦横無尽に活躍できると気持ちいいじゃないですか?

私たちも人生の中でいろいろな体験ができれば、それはきっと私たち(と言っても体じゃなくて意識)も気持ちいい!楽しいということだと思ってます。

 

↓うちのアバターたち(笑)ココペリさん。18年ほど前にセドナで購入。神様なのにこんなにかわいい〜

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
スピリチュアルを現実に引き下ろす & 身体の叡智

これは論文で発表されている説なのですが、

 

急いでいても、途中で緩急をつけていって間に合うことができる

 

という説があります。

 

出かける直前にいろいろあったり、忘れ物したりして(汗)時間通りに家を出られないことがあります。

 

でもいつもと同じ電車に乗りたい!

 

でも乗れそう?乗れない???

 

って時に………

 

最初は走りますよね(笑)

 

最初は全速力で走っていても、だんだんと疲れてきます。

 

信号などもあるので、信号に間に合ったり、踏切にひっかからないように、ものすご〜く全速力で走らなければならない時もあれば、

 

それこそ信号待ちで待たなければいけない時もあるので、急いでいても止まらざるをえないこともあります。

 

人間の身体は賢くて………

 

急ぐところは急ぎ、急がなくていいところは急がないように………

 

急ぐ!(笑)

 

ことができます。

 

疲れちゃったからゆるめる、ってだけでなくて、自然と身体が同じ感じじゃなく走ったり、速歩きしたり、歩いたりしますよね?

自然とスピードが変化します。

 

これって頭でどうこうやってるわけじゃなく(信号が赤になりそう!とかは少しは頭使いますが)身体が自然と覚えていることなのです。

 

これは、何かを予測したり、当てたり、引き寄せたり…………

 

そういったときにも使う感覚になります。

 

スピリチュアルなことは好きだけど、実践はしない………

 

って場合にスピリチュアルオケラさんになりやすいのは、

 

その感覚を鍛えないまま………

 

いつか概念を理解できればすぐにその概念を使える!

 

と思い込んでしまっているからなのです。

 

普段ロクに走っていない人がマラソンはできません(笑)

 

いつもの道でなければ先ほどの身体が賢く、時間に間に合うように走ることもできません。

 

スピリチュアルの全てを実践する!

 

って言うのは難しいかもしれませんが(壮大で多岐にわたる)、自分の興味あるもの、やれそうなことをコツコツとやる必要があるのです。

 

占いも然り。

 

本読んだり、ワーク受けたり、セミナーでただけでは………

 

なぞることはできますが、結果を出したり、現実で役立てるできないのです。

 

本読んでるだけで試合に勝てたり、泳げるようになったり、車を運転できるわけではありません。

 

どういうわけだか、スピリチュアルな世界では本読んでるだけで

 

なんとかなる!成長した!

 

って満足しちゃってる方が多いです(汗)自己啓発オタクも同じですね(汗)

 

「本に書いてあること本当?嘘でしょ??? じゃ、試してみよう〜」

 

くらいのノリでちょっとずつ試していくことをおすすめします。

 

私もいつも試してますから(笑)

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
本人的には大したことない!と思っていても…引き受けてくれる身体

週一トレーニング。

 

トレーニング前に、血圧、脈拍を測り、ちょっとトレーナーさんとお話ししてからトレーニングに入ります。

ウォーミングアップに入る前に、トレーナーさんが身体をチェックしてくれるのですが………

 

右肩甲骨がカッチンカッチン!(汗)

 

どこかおかしいところがありそうな時、血圧脈拍はかってるあたりでお話ししてるのですが、今日は体調も悪くないし、心当たりがありません。

そもそも心当たりがない!ってことが通常ないので余計に謎???です。

 

トレーニングしながら、インターバル入れてる時に雑談するのですけれども、そこでやっと!!!理由がわかりました(汗)

 

先日の記事で書いた、ちょっと私たち近辺を動揺させるようなこと………それのストレス!が特に右肩甲骨に出ているのがわかりました。

お話ししててつながった!わかった!んです。

 

肩甲骨だけでなくて、普段は腿の側面が緊張しがち(誰でもそうらしい)なのですが、今日は前腿が張ってるんです。

 

そういえば、昨日無意識に前腿トントンしたり、揉んだりもしてたのですが………

 

精神的にはストレスを流せていたつもりでも、身体がしっかりと受け止めていてくれた!ってことです。

 

身体は正直!と言いますけれども本当にそうですし、今回のストレスがかかる要因というのは、精神的に参っちゃう!というよりは、身体や現実的なレベルで「おいおい(汗)」というのもあるので余計にそうかもしれません。

 

なんらかのストレスを与える出来事が起こった!という時だけでなく、こういうパターンは何かある前に起こることもよくあります。

 

例にあげると………

 

これから何らかの試験、面接、ものすごい方と会う、ご両親に挨拶する(笑)などの予定があるとします。

 

そのことを頭の中で予行演習したり、いろいろ準備したり、考えたりするとき………精神的なものだけでなく、同時に身体も緊張し、縮こまります。リラックスの反対で、収縮気味になります。

 

そのことから考えや、行動を離した、別のことをし始めたとしても、身体はいつもよりは緊張します。

 

身体のコリとして現れてもくるでしょうし、そのコリから風邪をひいたり、もうちょっと重い症状が出る場合もあります。

 

本人は気づいていなくても、身体がストレスを受け止めてくれるのです。

 

こういう場合、精神的なレベルでだけ、なんとかしよう!とするのではなくて、肉体的なレベルでの解放をすると望ましいです。

要するに、コリであればコリを取る、風邪引いたらそれを治すということです。

 

解放なので、揉み返しが起こるほど揉んだり、風邪を治そうと抑え込む!といった強い!アプローチではなくて、身体からそれらを出してあげることが大切です。やさしく揉んだり、関連する他の場所もマッサージしたり、はたまた風邪であれば、きちんと熱を出して解放する!というやり方です。

 

私の場合は、ストレス与える出来事が特定できたので、そのことに関して現実的に対応できるところは対応しつつ(実際今日そっち系の勉強の予約入れた、笑)、身体のケアもしていくことにしました。

 

身体は黙っていても引き受けてくれるので、本当にいい子というか素直というかありがたい存在ですね。

こんな時、間違っても、身体のせいにしないようにしたいですね。

 

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
病からの表現、病からの気づき

本来は昨日からが怒涛の日々で、昨日までは穏やかだったはずなのですが………

母が突然入院したので、病院通いでのんびりの予定ではなくなってました〜

 

今日は母が3週間の入院から退院しました。

色々心境の変化があったらしく、話を聞きました。

 

病気は、ただ病気でよくない!とかではなく、何らかの表現が病気として現れているだけである、という考えがあります。

病気になることで、病気が表してくれていることに気づく!という方はとても多いです。

 

身体に出る前にはわからなかった………

 

・自分では全く気づかなかったこと

・気にもしていないこと

・抑圧している感情

・身体にためてしまっている何か?

・総じて無意識レベルの問題

 

に気づくことがあります。

 

気づかないで、身体だけのせいにして(身体をポンコツ扱い)同じパターンを繰り返してしまう場合もあってそういう場合はまた同じ病や、似たような病にかかることがありますが………

 

身体の表現、叫び!に気づいて、自分のパターンを改める場合もとても多いです。大きい病気であればあるほど。

 

母は入院中から思うことが多かったようで………退院してすぐにして

 

決意表明!

 

って感じでした(笑)

 

話を色々聞いて、気づけなかったところに気づけてよかったと思いますし、是非自分の思うように実行していってほしいと思います。

 

身体の具合が悪くならないのが一番ではありますが、そうなってしまった以上、そこからの気づきや、

「自分はこうしたかったんだ!」とか

「このままじゃ死ねない!」

というところにたどり着くことができると、身体自体の回復も早いでしょうし、今後は身体を労る、自分のことを大切にする人生が歩めます。

 

今現在、何らかの身体の不調がある場合………

 

それが何を教えてくれているか?

本当はどうしたいのか?

不調を抱えていることで自分が表現しなくて(人に言わなくて)済んでいるのは何か?

 

ということに気づくことで、不調を疎ましく思うよりは、これも自分の一部(身体意識)の表現だということに気づき、前に進んでいったり、上手に不調と付き合っていくことができるでしょう。

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
身体はいつでも対応、我慢してくれている………えらい!

10日ぶりの飲酒。先週の体脂肪率がよっぽどショックだったので(笑)

 

平日なので、飲み放題プランの安いこと。

しかし、10日も飲んでないとそんなにガンガンいけません。

 

身体、身体意識、潜在意識(ほぼ同じと考えてください)はとても我慢強いもので、正直身体にいいと言えないような習慣、この場合は飲酒であっても、我慢して慣れてくれます。

 

が、その悪い習慣をぬいて、ニュートラルに戻りつつあると、もともとの反応を示します。

 

お酒をぬくと、弱くなります。

毎日飲んでると強くはなりますが、本当の意味で強く!なったのではなく、麻痺させたり、慣れているだけです。

むしろそれを対応できるよういつも待ち構えてもいます。

 

ずっととっている

 

薬(いいのも悪い!のも)

タバコ

 

をやめると禁断症状が出ますが、取り入れる物質に依存しているという理由だけでなく、

 

いつも身体はその 

 

薬、酒、タバコなど………

 

を待ち構えているので、それに向けての対応をします。

 

身体は身体の叡智で『いつも入ってくるものに臨戦態勢』になるので、その反応もあって、余計にやめづらくなります。

 

似た例で…………

 

動く歩道を動いていない時に歩いたことありますか???

 

エスカレーター平面版で、空港や、駅(東京駅の京葉線)にあるものを止まってる時に歩くと…………

 

いつも動く歩道を歩き慣れている人は、降り掛けに歩道が動いている時と同じ力加減になるので、つんのめります!

 

『うおっ!止まってたんだった!なのに身体が反応してる!!!』

 

ってなります(笑)

 

反対に…………

 

動く歩道をほとんど歩いたことない人は、降りる時の加減がわからないので、動いてる時につんのめる!っていうかちょっと踏ん張りきれなくて危ない感じになります。歩道(エスカーレーターも同じ)の動きと自分の動きを自然と合わせてスッと降りることができないんですよね〜

 

恵比寿ガーデンプレイス方面には動く歩道があるので、止まってる時は少ないですが(早朝、深夜)やってみると、慣れてる人はつんのめる!びっくりする!ことができます(笑)

 

何も考えずとも、身体というのはしっかり対応してくれています。

 

風邪菌?(詳しい原因未だ不明?なのかな)などの身体に悪いものが入ったら、その本人は気づいてなくても自然と熱を上げて、戦います。

眠っている間でももちろん心臓は動いていますし、脳みそもフル稼動しています。

 

身体の叡智が一生いつでも働いてくれている!

 

と言えます。

 

話が弾んだので、そこまで身体に負担をかけることなく、美味しいお酒をいただくことができました。

いろいろ予定も決まってきた!(結構前のミラ通信で予告したもの)ので、そろそろお伝えできると思います〜

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
身体に話しかける⇔身体の声を聞く

何だか4日くらい前から、右の奥歯(親知らず手前)の奥が痛みます………

食べ物食べてる時や寝る時に結構変な感じがあったので〜

 

歯医者さんへ(汗)

 

しかも、昨日晩御飯食べてたらそことは違うところの詰め物が取れるし〜(苦笑)

この時点ではすでに歯医者さん予約済みだったから余計に?ナイスタイミング〜

 

レントゲン撮ってもらったらやっぱり違和感のある歯の上に影が〜

 

なので、治療してもらいましたが〜

 

麻酔はほとんど痛くないし

キーンって音も噂には聞いていたけれども、あんなにキーンと高い音ではなく低い音だし(でも自分の口の中で鳴ってるのはやっぱりちょっと怖いですけれどもねぇ〜)

 

治療中に先生が

「この親知らずも抜いちゃいましょ〜か?」

ってなったのですが

 

「今日はちょっと〜」とお断りを(汗)

 

前回親知らずを抜いたときもそうしたのですが、抜く歯が決まったら、私はその抜く歯に話しかけるんです(笑)

 

身体の声を聞く〜の逆バージョンで、身体に話しかける〜んです。

 

抜く理由を説明して、今までの感謝をして、すっと抜かれていってもらえるようにお願いするんです(笑)

 

そうすると………

本当に何の抵抗もなく抜けるんです。

 

これ主観じゃなくて………

歯医者さんも

「あれ?こんなに簡単に抜けちゃった〜!」

と拍子抜けするくらいなんです。

 

血もほとんど出ないですし。

 

でも、たまたま抜く歯が変わったときがあって(予定とは違う歯を抜くことに)

その時は親知らずでもないけれども、ちょっと抜くのに時間がかかり、血も普通に出てしまいました。

 

その歯に許可をとってなかったからなんでしょうかね〜?

 

なので、抜く前はちゃんとその子(歯)にお話が必要なので、今日の今日は遠慮しちゃった!ということなんです。

 

ちなみに、痛かった歯はすでにミイラ化さん状態だそうで。歯の下は噛み合わせの関係もあるんだろうけど圧迫されてしまっているとのことでした。

 

ちなみに、神経の関係上、上の歯が痛くても下がダメだったり、その逆もあるんだそう(汗)

私の場合は、自分の見立てと実際に治療が必要なところは合ってて、正解でした(笑)

 

また明後日きてね!とのことだったので、痛み止めももらわず帰りました〜

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
夢への一歩一歩は身体(意識)が勝手に頑張ってもくれます

ただ日々粛々とビジョンに適ったことを一歩一歩やる難しさについて昨日の記事で書きました。

 

相変わらず毎日歩いている(もう300キロ越えたなぁ〜)中で不思議に思っていたけれども、わかってきたことと、一歩一歩やることの共通点?というかヒントを見つけました。

 

お散歩していると、坂道に出会います。

ものすご〜く急な坂もあるので、その時は

『うへぇ〜これは大変だ………』

と一瞬立ち尽くしてしまいます。

 

ただ………そうやって立ち尽くしてしまう坂とそうでない坂、坂の角度は変わらないのに………

という違いがあるのに気付きました。

 

立ち尽くしてしまう坂というのは普段上っていない坂なのです。

 

普段上っている坂だと、あまり疑問に思うことなく、スイスイ上っていくのです。

 

単純に慣れ!

ってことなのですが、ここをもうちょっと身体意識の働きの面から観察してみると………

 

慣れている坂は、身体意識はどのくらいの力や歩き方で適切に歩けるか?ということを学んでいるので、私がどうこう悩む?躊躇する必要もなく、勝手に上っていきます。

 

普通に歩けるし、意識せず普通に歩く…みたいな感じです。

 

慣れていない坂は、身体意識ははじめて、またはまだ回数を重ねていないので、一歩一歩感覚をつかんでいきます。身体意識が慣れていないことをやっているので、まあ身体的にも疲れます。

 

また、坂だ!とわかった瞬間に立ち尽くしてしまった場合私の頭の中で

『うわぁ〜ここ坂道だった〜辛そう〜』

という思考が上がってくるので、よりやる気がなくなります。

 

坂道でなくても一見して『やばそう』『面倒くさそう』ということが頭をよぎると………

グイグイ進めなくなります。他にもっと楽な道のりがないのか?避けるわけにはいかないのか?

と考えます。

考えるとより身体は動きません。物事に取り組んでいる場合だと、考えることばかりが先に立ち、行動のレベルに移しづらくなります。

 

身体意識が慣れていくと、頑張らなくても、楽に進んでいくことができます。まあ身体意識はいつでも頑張っているけれども(汗)

 

これが出来事や行動のレベルでいうと、その行動を最初は頑張ってやらなければいけないけれども、何度もやるうちに、頑張らなくても、楽にやっていける、ということになります。

 

マニュアルの車でいえば、坂道だったらギアをローにしなければいけませんが、人間の身体は賢いので、

『ギアをローにしなくちゃ』

なんて考えなくても、勝手にやってくれるんです。

 

なかなか行動に移しづらい、行動できないことがあるのであれば、一生懸命考えたり、すべてを把握しようと頭のレベルでなんとかしようとするよりも、身体に任せてみる、とにかくやってみる、というところからはじめるといいでしょう。

頭で考えていることで、身体が勝手にやってくれるようなことを邪魔してしまうことが、ほんと〜〜〜にものすごくよくあります(汗)

 

歩く、というのは瞑想法としてもあるように(ヴィッパサナー瞑想など)結構思考のレベルにとどまれないやり方なんです。考えてたら………全然歩けません。

もちろん歩きながら考えることはできますが、まず考えが先に立つと歩みが止まってしまいます。

歩くのににどうやって歩こう?なんて考えていても前には進みません。

 

何か大きなビジョンや目標に向かってやってる方で、やることの多さに圧倒されてしまうのであれば、身体のレベルでできることをまずしてみるといいでしょう。

仕事や勉強したい場合は、デスクに座るとかPCをつけるとか、ノートを開くとか。

運動したい場合は、運動するための服に着替えて、靴を履いてとりあえず家から出るとか。

お家の中の運動だったらとりあえずヨガマットを引いてとりたいポーズとってみるとか。

お掃除したい場合はまずゴミを拾ってゴミ箱に入れるとか。

 

ちっちゃい一歩ですが、拍車がかかって、頭で考えていたほどやりづらい…ってことはないと思います。

どんなことでも一歩一歩やるしかない!でもその一歩一歩がだんだんと楽に自分を前に進めてくれる………

effortlessという概念に到達することもできるんですよ〜

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
身体意識への語りかけ…ペットに安らかに旅立ってもらう

ヨガの行者や即身成仏する人のように身体意識にコミットしていないとしても………

自分でそろそろ旅立つ時期がわかる方の例を先日あげました。

 

これは、死がやってくることがわかり、なおかつ抵抗していない、死を受け入れている場合に起こるものです。

 

死を受け入れない場合は、痛みが増したり、苦しみまくる………ということが多くあります。

反対にいうと、痛がっている、苦しがっている=死を受け入れてはいない、ということです。

 

身体意識は生き残ることが重要ですから、最期までもがきます。頑張ります。

 

私たちが眠っていても、ず〜っと働いていてくれる存在なので、最後の最後までず〜っと頑張ります!

 

ペットは純粋に身体意識、スピリットが身体を持っている存在です。

なので、逝ってしまう前にかなり苦しそうにしていることがあります。

 

苦しそうだし可哀想だから………ということで安楽死を選ぶ場合もあります。

日本では人間には禁止されていますが、ペットではオッケーだったりします。

 

でも…………安楽死を選ばなくても、ペットが安らかに旅立つ方法があることをご存知でしょうか?

 

ペットが苦しそうにしているし、飼い主の側で『もう苦しんでいるのも可哀想だし、見ていられない。これだったら安らかに旅立ってほしい』と感じた時に、ペットにこう話しかけるんです。

 

「○○ちゃん、よく頑張ってるね…でももう苦しまなくていいんだよ。楽になっていいんだよ。新しいところに行ってもいいんだよ」

と心の底から伝えると………

さっきまで散々苦しんで、もがいていたのをやめて、すーっと息をひきとる、安らかに旅立っていくんです。

 

これはどういうことかというと、魂意識である人間が、ペットの身体意識に教えてあげることで、ペットが死へ抵抗するのをやめる、ということです。

 

安楽死という手段を取る前に、ペットを安心させ、優しく教えてあげることができれば、安楽死させなくても済むってことです。

 

旅立つのを、死ぬのを許してあげるだけで、痛みや苦しみから解放され、静かに旅立っていくことができます。

人間が手助けしてあげるだけで、死へ移行しやすくなるんです。

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
究極に身体意識に責任をとる、コミットしている人々とは?

病人ポジションが欲しくて、わざわざ身体に色々ため込み、本当に病気でいる(病気と医師から診断される)こともできます。

身体に色々溜め込むパターンではなく、家に色々ため込み、行き過ぎるとゴミ屋敷問題を引き起こすパターンもあります。

ただ、病人は『かまってほしい』ポジションで、ゴミ屋敷の主人は『かまってくれるな(でも結局は周りに迷惑かけて、人の手を借りるパターン)』ポジションになります(汗)

 

身体が私たちが物理的次元、地球に根付くお家だと考えると似た感じになります。

 

アカシック、特に人生の書に寿命がまだまだあるにもかかわらず、それを全うできない時があります。

それは身体への関わりが甘かったり、病人ポジションを獲得し、身体が先にダメになってしまうパターンです。

家の主人や車の運転手(魂)はピンピンしてますが、家や車が壊れちゃった…という感じです。

 

病気やゴミ屋敷ポジションや、寿命を全うできないパターンと逆をとる方々もいます。

どんな人たちだと想像できますか???

 

ホンモノのヨガの行者がそれに当たります。

身体意識としっかり向き合うので………

最終的には病気もしないし、長生きもします。

めちゃくちゃ身体に責任をとっている、それにコミットしているので普通の人ができないことがたくさんできます。

ヨガで特異なポーズをとれる…に限らず、瞑想もめちゃめちゃしているので、呼吸が普通の人よりもゆっくりです。そんな呼吸法の瞑想もあります(ほとんど息止めっぱなし?無理っす的な)

身体との関係性が非常に良好なので………死ねません(笑)

 

死ぬときどうするかご存知ですか?

弟子や周りの人に「もう旅立つわ〜」的なことを言い、すっと眠るように(場合によっては修行しながら。即身成仏などもそういう系統)亡くなってしまいます。

苦しまないで死んじゃうんです。

まあ、そんなすごいヨガの行者や修行なさった方の旅立ち方を見たことある!立ち会ったことある!という方は少ないかもしれませんが………

 

普通に暮らしていた方でも、なくなる前に家族みんなを集めたり、普段言わないようなことを言ったり、「そろそろかな〜」って宣言して旅に出る方もいます。この場合は、修行してたわけじゃないけど、そろそろ身体が逝ってしまう時だ!って直観でわかるパターンです。

 

どちらにしても「そろそろおいとまします…」がわかる場合は割と穏やかになくなっていきます。

 

おいとまがわからない場合は………身体意識、スピリットはただただ生きようとするので………

結構苦しい場合もあります。

それを見た周りの人間は結構なトラウマになって、以後より死や痛みを恐れるようになることもあります。

 

身体意識に責任を持つという考え方が一番活かされるのは臨終の時かもしれません。

| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
症状、身体が教えてくれることは、感覚→言葉。 いきなり言葉や声は慣れがいります
昨日は、本から引用したものを書きましたが………

やっぱり問いを立てる、自分に聞いてみるとわかるものです。

お風呂につかってホッとした時に、身体からある感覚が伝わってきました。

その感覚を言葉にすると………
「『本当に大変だったね〜』ってって言われたかったんだよね〜」
と。

これこそが!結構長引いてしかも熱が出まくった(頭痛もひどかった)理由のようでした。

自分自身が抑圧した、心の声、本音といったところでしょう。

実は同様の悩みを抱えている方が友人にいて、
「お互い大変だね〜」
とは話していたのですが。

ちなみにその友人も、ちと体調が色々あったようです(滝汗)

我慢しちゃうと………

勝手に身体が引き受けてくれてくれちゃうんですね!

症状にあった感情や思いを抑圧していると言えるのです。

私は友人にはこんなようなことを伝えました。
「いい人すぎるのも大概にしないと………」
「言ってることとやってることが違う=自分に嘘ついてるってことだから………」
「いくらこっちが頑張ったところで、相手に変わる気が無ければ変えることはできないよね」
と。

これって、自分にも言っているわけですよね(滝汗)

明らかに相手に非がある場合でも、
・ジャッジしちゃぁ駄目だし………
・もっとチャンスをあげたり優しく見守れば大丈夫なのでは………
とある意味いいように振り回される場合というのがあります。

ジャッジはしちゃ駄目ですけど…………
『やればできるはずだ!』
『チャンスがあれば!』
『自分が何とかすれば……… 』
っていうのもある種のジャッジなんですよね。
自分自身の持っている思い込みというか……………(汗)

ジャッジとジャッジでないこと は別の機会に譲るとして、風邪を通して、自分の本音、抑え込んでいた部分がわかって本当によかったです。

今なんらかの症状で苦しんでいる方も、調子のよくない身体を責めたり、自分を責めたりせずに…………

その症状が何を訴えているのか?何を教えてくれようとしているのか?

を感じてみてください。

身体意識(潜在意識)からくるものなので、言葉ではなく(慣れている人は別)、まず

感覚

でわかることでしょう。

あまり上手にしゃべれない子供と同様です。
ただ何を言わんとしているのか感じてみるといいでしょう。

感じることができただけでも、何となく楽になります。

さらにその感じが言葉だとどんなことなのか?

がわかると、もうその症状はそういう形で訴えなくていいので、快方に向かっていくことでしょう。
リラックスしている時(私はお風呂だった、笑)にわかりやすいので、ぜひ症状や身体が伝えようとしていることを感じることにつながってみてくださいね。
| 身体意識 | 23:59 | - | - | pookmark |
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